賃金未払いの事実を裏づける証拠の収集,確保

賃金,残業代の未払いについて,会社への請求を検討するのであれば,まず,最初に考えなければならないのは,未払いの事実を裏づける証拠が手元に十分に揃っているかどうかということです。
手元に証拠資料が揃っていない状態で行動を起こせば,会社が資料を先に隠してしまう可能性があります。本来備え置かれていなければならない資料を明らかにしようとしないという会社の姿勢は,賃金・残業代の不払いを疑わせる事情にはなりますが,具体的な不払いの事実,未払の額を立証しなければ,裁判所は未払い賃金,残業代の支払いを命じてはくれません。したがって,まずしなければならないのは,証拠の収集,確保です。

具体的にどのような資料を集めておく必要があるでしょうか。

労働条件,特に賃金の計算方法,支給基準が確認できる資料

会社との「雇用(労働)契約書」,会社が労働者に交付する「雇用通知書」,「就業規則」,「賃金規程」,職場に労働組合がある場合には賃金等に関する「労使協定」などがこれにあたります。

労働時間を立証する資料

未払い賃金,残業代を裁判手続で請求するためには,労働者側で実際の労働時間を立証する必要があります。
労働時間を裏づける資料が十分に揃っていないと,仮に裁判を起こしたとしても裁判所は賃金,残業代の支払いを命じてはくれません。

労働時間を裏づける資料としては,次のようなものが考えられます。

  • タイムカード,業務日報,勤怠記録
    会社が普段,労働者の労働時間を管理しているツールから作られる資料は,労働時間算定の証拠として最も有力です。
    タイムカードやIDカードによって労働時間が管理されていれば,労働時間の立証は比較的容易にできることになります。
    毎日,勤務した時間を記入した業務日報を提出しているというようなケースであれば,この業務日報によっても労働時間を立証することができます。
  • メールの送受信履歴
    Eメールは送・受信をする都度,その時間が記録されるので,メールの送受信履歴も労働時間の有力な証拠となります。
    特に送信履歴については,その時刻まで仕事をしていたことを強く推認させます。
    業務用のアカウントを使ってメールのやり取りをしていればより有力な証拠となります。
  • セキュリティの設定・解除の記録
    事業所が警備会社と契約をしてセキュリティシステムを導入しているようなケースでは,このセキュリティの設定,解除の記録が労働時間の証拠となる可能性があります。
    もっとも,セキュリティの設定(解除)と業務の着手(終了)とが直ちに結びつくとは限りませんから,ケースによっては他の証拠による補強が必要になってくることもあるでしょう。
  • 労働者がつけていたメモ
    労働者が意識して毎日つけていたメモや備忘録も労働時間算定の根拠になり得ます。
    出退勤の時間だけをメモしたものでも証拠にはなりますが,何時に何をしたかまで記録していれば,より証明力の高い証拠となる可能性があります。
    会社が,タイムカードなど労働時間を管理するシステムを導入していない場合は,労働者自らこのような方法で労働時間を記録しておく必要があります。

会社からの業務指示の存在を裏づける資料

出退勤の時刻を立証することができたとしても,その時間帯に会社の指示によって仕事をしていたことまで立証しないと未払い賃金,残業代の請求は認められません。
労働者が自分の判断で社内にとどまっていたというだけでは,労働契約の債務の本旨に従った労務の提供ということにはならないため,賃金(残業代)請求権が発生しないことになるためです。
「勝手に社内に残っていただけ」「時間を潰していただけ」という会社の反論を否定できる資料も,できるだけ集めておきたいところです。

業務(残業)を指示された文書,メールなどが残されていれば,非常に有力な証拠となります。
労働時間を記載した勤務簿等に上司の承認印が押されているような場合も,労務の提供を受け入れていたことを推認させる証拠になります。

以上のような資料がすべて揃っていなければ,未払い賃金,残業代の請求はできないとあきらめる必要はありません。
すでに会社を退職してしまっていてタイムカードのコピー等を入手することができないということであれば,「証拠保全」の申立てを活用することが考えられます。
裁判を提起してから,会社側に資料を提出するよう求めることもできます。
賃金,残業代の不払いにお悩みであれば,まず,弁護士に相談してみることをお勧めします。