未払い賃金,残業代の支払いを求める方法

賃金未払を裏づける証拠をある程度確保することができたら,次にどのような行動をとればよいでしょうか。経営者に直接支払いを求める,内容証明を利用して督促をしてみる,このあたりのことは,「金銭をめぐるトラブル(債権回収)」のところも参考にしていただければと思います。
ここでは,請求,督促を繰り返しても経営者が未払賃金の支払いを相変わらず拒み続けるとき,どのような手段が考えられるかについて説明します。

労働基準監督署への申告

賃金,残業代を未払いとすることは労働基準法に違反する行為です(同法24条,37条)。
違反に対しては罰則も用意されています(残業代不払いについては6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金[同法119条1号],賃金の不払いについては30万円以下の罰金[120条1号])。

このような労働基準法違反行為を取り締まる行政機関が労働基準監督署になります。したがって,賃金や残業代を支払ってもらえないという場合,労働基準監督署に会社の労基法違反を「申告」することが考えられます(労基法104条)。

申告に基づいて労働基準監督署の監督官が事実関係を調査し,会社に賃金支払いを勧告することにより,賃金が支払われる場合があります。

都道府県労働委員会へのあっせん申立て

各都道府県には労働委員会という組織があるのですが,地域によっては個別的労使紛争に関するあっせんという制度を行っていることがあります。
埼玉県労働委員会もその一つで,公益代表(弁護士等),労働者代表(労働組合役員等),使用者代表(会社経営者等)の3人のあっせん員が共同して,労使双方から事情を聴き,問題点の整理,意見の調整,助言等を行ないながら話し合いによる解決を図ろうとする仕組みとなっています。

都道府県の労働局でも同様の制度があり,こちらの方が一般的には認知されているかと思いますが,賃金,残業代の未払いの問題となると,前述のとおり,労働基準法違反ということになるので,最終的には刑事罰を科すことも視野に入れながら労働基準監督署が対応するということになっていて,労働局のあっせんでの解決には馴染まないとされています。
したがって,第三者機関での「あっせん」という仕組みを使って賃金・残業代の未払いの解決を図ろうとする場合には,労働委員会が行うあっせん手続を利用することになります。

あっせんという制度の最大のメリットは,料金が無料であることです(労働委員会のあっせん,労働局のあっせんに共通)。また,弁護士を頼まなくても個人で申し立てをすることが比較的簡単にできます。
労働委員会の場合には,担当事務局が事情を聴いてくれ,申立書の作成についても助言を受けることができます。

反対に,この制度のデメリットですが,まず,使用者がこの制度での解決を希望しないとして手続に参加をしてこないと,参加を強制する手段がないため,手続は打ち切られてしまうことになります。
また,あくまでも話し合いによる解決を目指す手続であるため,請求する側も一定の譲歩をしないと解決に至らないことが多く,その結果,解決水準は裁判での解決などと比べると低く抑えられてしまうことになります。

こうしたメリット,デメリットを考えた上で,労働委員会へのあっせん申立てを検討することになります。

民事訴訟,労働審判の提起

交渉やあっせんでの解決が難しい場合には,民事訴訟や労働審判といった裁判所の手続を利用して賃金,残業代の支払いを求めていくということになります。
労働基準監督署の指導,勧告を受けても会社が賃金,残業代を支払おうとしない場合にも同様です。

民事訴訟,労働審判は,どちらも個人でも起こすことはできます。
しかし,裁判所に提出する書類(訴状,労働審判申立書)には決まり事も多く,添付資料の提出も求められますので,個人で手続を進めていくことは非常に大変です。また,本などを参考にしながら訴状,申立書を作成するにしても,大切な事実を指摘することを忘れてしまったり,逆に,不利になるようなことを書いてしまったりして,そのことが結論に影響するということも起こり得ます。

民事訴訟,労働審判の提起を考えるのであれば,弁護士への委任も含めて一度ご相談いただくのがよろしいかと思います。

「少額訴訟」について

賃金,残業代の未払い額が60万円未満であれば,簡易裁判所に『少額訴訟』という手続を使って申し立てをするということも考えられます。
少額訴訟の訴状の参考書式は,裁判所のウェブサイトにも掲載されています。

裁判所HP

注意しなければならないのは,少額訴訟は原則として1回の期日で審理を終えて判決を言い渡すという特別な手続であるということです。未払いとなっている賃金額について十分な証拠が揃っていないと勝訴判決を得ることができません。また,勝訴判決を得たとしても,会社が賃金・残業代の支払いに応じてくるとは限りません。その場合は,会社の財産を探して強制執行をしなければなりませんが,強制執行の申立てを自力で行うことはなかなか大変です。

自分で訴状を書いたり,強制執行の申立てをするのは大変だなと感じたら,弁護士に相談してください。

賃金請求権の時効と民法改正

賃金や残業代の請求権は,原則として2年で消滅時効にかかってしまいます(退職金請求権は5年。労働基準法115条)。在職中に請求するのはためらわれるので,退職してから請求しようと考えている方もいらっしゃるかと思いますが,2年以上前の賃金・残業代等を請求することは基本的にはできません。ですから,賃金・残業代の不払いのトラブルを抱えている方は,できるだけ早急に弁護士に相談することをお勧めします。

ところで,平成29年6月の民法改正では,消滅時効制度について大きな変更がありました。
民法に定められている短期消滅時効が廃止され,時効期間は,「権利を行使することができることを知った時から5年」(主観的時効),または「権利を行使することができる時から10年」(客観的時効)に統一されることになりました(改正民法166条)。

そうなると,労働基準法115条の賃金についての2年の短期消滅時効をどうするのかも当然問題になってきます。政府は,民法改正の国会審議では,民法改正の動向も踏まえて,労働政策審議会等において議論をしていくという趣旨の答弁をしています。
賃金債権については,他の一般的な債権とは異なり,不払いについて罰則が用意されているという特徴があります(労働基準法24条違反。120条1号)。したがって,民法とまったく同じ時効期間になるかはわかりません。
しかし,改正民法の施行までに時効期間を長くする方向での改正が行われることは確実と思われ,動向を注視していく必要があります。