ⅵ 遺留分について

特定の人に自分のすべての財産を相続させたいというとき,遺言書を書いておくということが考えられます。しかし,遺言書によってすべての財産を特定の人に相続させるにはハードルがあります。それが遺留分です。ここでは,遺留分の意義,遺留分を実現する方法などについて説明します。

遺留分とは?

遺留分とは,兄弟姉妹以外の法定相続人について法律で保障されている最低限度の相続分といいます。
被相続人が法定相続人にとって非常に不公平,不平等な遺言や生前贈与をした場合,この遺留分の限度で,遺産の一部を取り戻すことができるという仕組みです。

遺留分権利者は?

遺留分が保障されている法定相続人は,①配偶者,②子ども,③父母・祖父母など直系尊属です。②の子どもには,実子だけでなく養子も含まれますし,子がすでに亡くなっている場合の代襲相続人にも遺留分が認められます。
他方で,被相続人の兄弟姉妹は,第3順位の法定相続人ですが,法律上,遺留分は認められていません(民法1028条)。

遺留分の割合

相続財産に対する遺留分全体の割合は,原則として2分の1です。直系尊属(父母,祖父母)だけが相続人となるというパターンのときだけ,例外として3分の1が遺留分となります。
遺留分権利者が複数いる場合には,この遺留分割合を各相続人の法定相続分で配分します。
例えば,夫が亡くなり,妻(配偶者)と子ども2人の3人が相続人となるという場合は,まず,相続財産に対する遺留分全体の割合は2分の1,各相続人の法定相続分は妻(配偶者)が1/2,子どもが各1/4ですから,遺留分は妻が1/4(1/2×1/2),子どもが各1/8(1/4×1/2)ということになります。

遺留分の算定基礎となる財産

遺留分を計算するには,遺留分の基礎となる財産を確認する作業からスタートします。
遺留分は,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定する」とされています(民法1029条)。
つまり,ア)相続開始時の財産に,イ)生前に贈与した財産を加え,そこから,ウ)債務を差し引いたものが,遺留分を計算する際の基礎となる財産ということになります。

「生前に贈与した財産」の範囲

相続人以外の第三者に贈与した財産と,相続人に生前贈与した財産とに分けてみておく必要があります。

相続人以外の第三者に贈与した財産

相続開始前1年以内に贈与されたものに限って遺留分算定の基礎となる財産に算入します。但し,1年以上前に贈与したものであっても,贈与当事者の双方が遺留分権利者に損害を加える結果となることを知って贈与したものは,基礎となる財産に算入することになります(民法1030条)。

相続人に生前贈与した財産

別の箇所で説明した特別受益にあたらない贈与については,相続人以外の第三者への生前贈与と同様に,原則として1年以内に雑徭したものに限って遺留分算定の基礎となる財産に加えますが,1年以上前の贈与であっても,贈与当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは,遺留分算定の基礎となる財産に加えられることになります。

これに対して,特別受益にあたる贈与については,贈与された財産は原則として遺留分減殺請求の対象となるとする最高裁の判決があります(最高裁平成10年3月24日判決)。
かなり前の贈与であって,当時,遺留分権利者に損害を加えることを知らなかったとしても,遺留分算定の基礎となる財産に加えられることになります。

遺留分減殺請求

遺留分減殺請求とは?

実際に相続によって取得した財産(負債も含む。)が遺留分額よりも少ない場合には,遺留分が侵害されていることになります。
ただ,侵害された遺留分は,何もしなくても戻してもらえるというものではありません。遺留分権利者に与えられている遺留分減殺請求権という権利を行使することによりはじめて遺留分を侵害させる行為の全部または一部の効力を失わせることができ,その結果,侵害行為の効力を失わせた範囲内で財産の返還を求められるようになるのです。

遺留分減殺請求権の行使方法

遺留分減殺請求権を行使するには,遺留分を侵害した相手方に対し,遺留分減殺請求をする旨の意思表示をすることが必要になりますが,その意思表示では,いくらの返還を求めるのか,どの相続財産から返還するよう求めるのかなど,具体的な減殺方法まで明らかにする必要はありません。ただ,減殺請求の意思表示といえるか,相手方がこの意思表示を受けているかが争いになることもあるので,この減殺請求の意思表示は,内容証明郵便で行うのが安心です。

また,遺留分減殺請求権の行使には,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間,または,相続開始の時から10年を経過したときという期限があるので(民法1042条),すみやかにこの権利を行使する必要があります。

遺留分を実際に確保する方法

自分の遺留分が侵害されていることがわかり,侵害行為の相手方に遺留分減殺請求権を行使する旨を通知した後の手続ですが,まず,その相手方と返還交渉をしてみて,交渉での解決が難しいとなれば,家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
調停でも合意に至らなかった場合ですが,遺留分に関する事件は,家庭裁判所の家事審判事項とはされていないため,地方裁判所に訴えを提起して解決を図ることになります。

遺留分減殺の事案は,相続案件の中でも特に当事者間の感情の対立が激しいものになりがちです。
また,遺留分算定の対象財産を確定し,具体的な遺留分侵害額を求めることは簡単な作業ではありません。
遺留分の問題については,早い段階で弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

事業承継円滑化法の特例

小規模の個人事業主の場合には,事業に関係する資産(株式,事業用不動産,事業用の預貯金等)が財産の大半を占めているということがあります。その状態で相続が起きると,遺留分の規定によって,事業の後継者に事業用資産を十分に相続させられなくなる可能性があります。

このため,平成21年5月に制定された「中小企業における経営の円滑化に関する法律」(事業承継円滑化法)においては、遺留分の規定に一定の特例を設けることにより後継者への円滑な事業用資産の相続を支援することとなりました。

詳細の説明は省略しますが,一定規模の中小企業において,後継者が旧代表者からの贈与により取得した当該中小企業の株式の全部または一部について,その価額を遺留分を算定するための価額に算定しない旨を合意し(除外合意),あるいは,遺留分算定基礎に算入すべき価額を合意時における価額とする旨を合意する(固定合意)ことができます。この合意の対象となる株式は,遺留分の対象から除外されて,他の相続人から遺留分侵害請求を受けずにすむことになります。

推定相続人全員の合意を取りつけた後,1ヵ月以内に経済産業大臣に確認申請をしなければならず,さらに,経産大臣の確認を受けてから1ヵ月以内に家庭裁判所の許可も得なければならないなど煩雑な手続を要しますが,この仕組みの活用をお考えであれば,一度,弁護士にご相談ください。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai