3 国家賠償請求

国家賠償請求とは?
公務員の業務中の不法行為によって損害を受けたり,行政機関が所有・管理する公の施設の設置・管理の瑕疵(カシ)によって損害を受けたという場合に,国や地方自治体に対して賠償を求めることを国家賠償請求といいます。
戦前の日本においては,国家の行為によって被害が発生しても国家は賠償責任を負わないとする「国家無答責」の原則から,国家賠償請求を定めた法律はありませんでした。国の私経済的活動や非権力的行為によって損害が生じた場合には,民法の不法行為の規定によって賠償責任が認められることはありましたが,権力的行為については,国も公務員個人も責任を負わないとされていました。
これに対し,日本国憲法は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる」と定めて(第17条),国や地方自治体であっても個人の権利を違法に侵害した場合には賠償責任を負うことを明確にしました。そして,憲法のこの規定に基づいて,国家賠償法という法律が制定されています。

♦ 公務員の不法行為に基づく請求
国家賠償法第1条第1項に基づく請求です。「国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる」という条文になっています。
「公権力の行使」とは,民法が適用されることになる物品購入のような純然たる私経済作用,後で説明する国家賠償法第2条が適用されることになる公の営造物の設置・管理作用を除いた国のすべての作用をいうとされています。したがって,例えば,行政指導や公立学校の教諭による生徒への教育指導なども「公権力の行使」とされ,その行為に違法性が認められ,その行為によって国民に損害が生じていれば,賠償責任が認められることになります。

❏ 公務員の「不作為」と国家賠償
「公権力の行使」は,通常は公務員の積極的行為を指し,「不作為」はこれにあたらないのですが,法令上,具体的な作為義務を負う公務員が,この義務に違反してなすべき行為をしなかったという場合(適切な権限行使をしなかた場合)には,「不作為」についても国家賠償請求の対象となり得るとされています。
ただし,裁判例においては,公務員による規制権限の行使については広い裁量が認められていて,規制権限の不行使が国家賠償法上違法と評価されるのは,その権限を定めた法令の趣旨・目的や,その権限の性質等に照らして具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場面に限定される傾向にあります。

❏ 国会議員の「立法行為」,裁判官の「裁判」と国家賠償
国家賠償法第1条第1項の「公務員」には,国会議員や裁判官も含まれます。したがって,国会議員による立法行為,裁判官による裁判についても,それによって国民の権利が違法に侵害されたと評価されれば,国家賠償の対象となり得ることになります。
ただし,裁判例は,いずれのケースについても,国家賠償法上,違法と評価される場面をかなり限定しています。国会議員の立法行為については,立法が憲法に反することが直ちに国家賠償法上違法の評価を受けるものでなく,立法内容が憲法の一義的文言に反しているにも拘らずあえて立法を行うといった例外的な場合でない限り,違法の評価を受けないとしていますし(最判昭和60年11月21日),裁判官の裁判についても,裁判官が司法権の趣旨に明らかに背いてこれを行使したといえる特段の事情がある場合に限って違法となるとされています(最判昭和57年3月12日)。

♦ 公の営造物の設置,管理の瑕疵に基づく請求
国家賠償法第2条第1項に基づく請求です。「道路,河川その他公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは,国又は公共団地は,これを賠償する責に任ずる」という条文になっています。
民法にも工作物責任という危険責任の法理に基づく不法行為の特別な規定があるのですが(民法第717条),国や公共団体についても,道路や公園,学校などの公の施設を設けてこれを広く国民の利用に提供するからには,その安全性を確保する義務を負い,施設から生じる危険についてはその責任を負担すべきという趣旨からこの規定が置かれています。
民法の工作物責任は,土地の工作物,つまり,土地に接着し人工的に設備された物でなければならないのですが,国賠法2条1項の「公の営造物」は,広く公の目的に供されている物,動産であればよく,例えば,警察官が所持している拳銃もこれに該当するので,拳銃の暴発によって市民が被害を受ければ,この国家賠償法第2条第1項の賠償責任の問題が生じることになります。
「瑕疵」(カシ)とは,“営造物が通常有すべき安全性を欠き,他人に損害を及ぼす危険性のある状態”をいうとされています。“通常有すべき安全性を欠いた状態”であれば,設置や管理に“過失”があったかどうかは問われません(=無過失責任)。

夜間,県道の道路工事箇所を通りかかった自動車が,事故直前に赤色灯が倒されていたために危険に気づくことができず転落してしまったという場合,道路を管理する自治体に対して損害賠償を求めることはできるでしょうか?


夜間,工事箇所の赤色灯が倒れて消えていたというのですから,客観的に見れば,道路の安全性を欠いた状態にあったことは明らかと言えます。そうすると,国家賠償法第2条第1項の「瑕疵」があった,“通常有すべき安全性を欠いた状態”があったと言えそうです。
しかし,裁判例の多くは,「瑕疵」の中で事故の回避可能性があったかどうかを問題にしています。質問の事案に似ている奈良県道車両転落事故事件でも,裁判所は,道路の安全性に欠如があったといわざるを得ないが,それは事故の直前に先行した他車によって惹起されたものであり,時間的に遅滞なくこれを現状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であったとして,道路管理に瑕疵はなかったと認めるのが相当としています(最判・昭和 50 年 6 月 26 日)。

 

2017年12月17日 | カテゴリー : 行政事件 | 投稿者 : 事務局