労災保険による補償

労働災害で被災してしまった場合,まず,労災保険制度による補償を受けることが考えられます。

労災保険とは?

労災保険とは,労働者災害補償保険法という法律に基づいて作られた労災の補償の仕組みをいいます。業務上の災害または通勤災害によって労働者が負傷したり,疾病にかかったり,障害が残ったり,死亡したりした場合に,被災した労働者またはその遺族に対し,政府が保険給付を行うというものです。

保険給付の種類には,「療養補償給付」(治療費,薬代,入院時の食事代,看護費など),「休業補償給付」(負傷・疾病によって療養のため休職した時の補償),「障害補償給付」(負傷・疾病によって障害が残った時の補償),「介護補償給付」(重い障害が残った方の介護費用の補償),「遺族補償給付」(被災者が死亡した時に遺族に支払われる給付),「葬祭費の補償」などがあります。

労災保険は,事業所に雇用される労働者であれば,誰でも保険給付を受けることができます。パート,アルバイト,契約社員,日雇いといった雇用形態に関わりありませんし,ビザの有効期限が切れてしまっている外国人労働者であっても給付を受けることができます

『会社役員』と労災保険給付

会社の経営者,業務執行権を有する取締役,理事,代表社員は,労災保険の給付を受けることはできません。しかし,会社の役員であっても,工場長や部長など従業員としての身分も併せ持っているいわゆる兼務役員については,労災保険の給付を受けられる場合があります。
通達でも,「法人の取締役,理事,無限責任社員等の地位にある者であっても,法令,定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者で,事実上,業務執行権を有する取締役,理事,代表社員等の指揮,監督を受けて労働に従事し,その対償として賃金を受けている者は,原則として労働者として扱うこと」とされています(昭和34年1月26日 基発第48号)

労災保険給付の請求手続

従業員が労災事故に遭った場合,しっかりした会社であれば,被災者本人に代わって事業主が労災保険の請求手続を代行してくれることが少なくないと思います。
しかし,事業主が手続をしてくれないという場合には,被災者本人(死亡事案の場合には遺族)で請求することができます。

労災保険給付の請求書の用紙は労働基準監督署に備え置かれています。請求書の記入の仕方については,厚生労働省のホームページに各種労災保険給付の請求書の記載例があり,参考になります。
それでも記入の仕方がよくわからないという場合には,一度弁護士にご相談ください

事業主から請求書の証明を拒否されたら?

労災保険給付の請求書には「事業主証明書」の欄があり,災害発生の原因や状況,被災者が受領していた賃金等について事業主に証明をしてもらうことが必要になります。ところが,事業主がこの証明に協力してくれないということがあります。
その場合には,証明を拒否されてしまった経緯を説明した上申書を添付することにより,事業主証明がなくても,申請を受けつけてもらうことができます

事業主が労災保険の保険料を納めていなかったら?

事業主が労災保険の加入手続を怠っていたり,保険料を滞納していたという場合であっても,労働者は労災の保険給付を受けることができます。というのは,労災保険制度は労働者を保護するための仕組みですから,労働者を一人でも雇い入れた事業所は,その日から労災保険関係が成立するとされているためです。
もちろん,この場合,事業主は遡って保険料を納めなければなりませんし,労働者に対する給付額に最高40%を乗じた額を費用徴収されることになります。しかし,労働者に不利益は生じません

「業務上災害」,「通勤災害」と認定されるための基準

労災保険の給付が行われるのは,「業務上災害」,「通勤災害」に該当する場合に限られます。どのような要件を満たせば,「業務上災害」,「通勤災害」として労災保険の支払いを受けられるのでしょうか

【「業務上災害」の認定】

労災保険における「業務上災害」とは,労働者が事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験法則上認められる場合をいいます。
労働者が労働契約に基づいて使用者の支配下にある時の被災であることを「業務遂行性」,使用者の支配下にあることに伴う危険が現実化したと経験法則上認められることを「業務起因性」といい,この2つの基準によって業務上災害と言えるかどうかが判断されます。

例えば,休憩時間中は業務から離れてはいますが,休憩時間を事業所内で過ごしているような場合には,使用者の支配下にあると言えるので,業務遂行性は肯定されます。
したがって,あとは事業所施設の欠陥によって事故が発生した場合のように勤務時間中であっても同様の事故が発生する可能性があったと言えさえすれば,業務上災害と認められることになります。

逆に,勤務時間中の事故(したがって,「業務遂行性」は肯定される。)であっても,例えば,同僚と私的なもめごとから喧嘩になってケガをしたというような場合には,「業務起因性」が否定されるため,業務上災害には当たらず,保険給付を受けることもできません

【「通勤災害」の認定】

労災保険法では,保険給付の対象とする通勤災害の「通勤」について,「労働者が就業に関し,住居と就業の場所との間を,合理的な経路及び方法により往復すること」をいうとしています。
そして,往復の経路から逸脱・中断した場合には,経路の逸脱・中断をしている間およびその後の往復については,「通勤」から除くとされています。

帰宅途中に居酒屋に立ち寄り,それなりの時間お酒を飲んだというような場合には,居酒屋での飲酒中,そして,居酒屋から帰宅するまでの移動中に事故にあっても「通勤災害」とは言えないということになります。

もっとも,夕食の惣菜を購入するとか,医者の診察を受けるなど日常生活に必要な最小限度の行動をする場合には,その用事を終えた後の移動については「通勤」となるとされています

納得の行く保険給付が受けられない場合 -不服申し立ての手続-

労災保険の請求をした結果,労働基準監督署長から保険給付をしないという「不支給決定」を受けてしまったとか,支給決定は出たけれども,考えていたよりも低い障害等級の評価になってしまった場合などには,各都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官に対し,「審査請求」という不服申し立てをすることができます。
審査請求は,保険給付に関する決定があったことを知った日の翌日から起算して3ヵ月以内に行う必要があります。

労働者災害補償保険審査官の決定にも不服がある場合には,さらに,労働保険審査会に「再審査請求」をすることができます。
再審査請求は,審査官から決定書の謄本が送付された日の翌日から2か月以内に行う必要があります。
審査請求をして3ヵ月が経過しても決定がないときも再審査請求を行うことができます。

労働基準監督署長の保険給付に関する決定を裁判で争う方法もあります(「取消訴訟」の提起)。
この取消訴訟,以前は,再審査請求を経た後にしか提起することができなかったのですが,法改正により,平成28年4月1日からは,審査請求を経た後であれば(審査請求をした後,3ヵ月経過しても決定がないときも含みます。),労働保険審査会に再審査請求を行うか取消訴訟を裁判所に提起するかを選択できるようになりました。

2017年1月5日 | カテゴリー : 労働災害 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai