1 婚姻費用(婚費)の分担

夫と離婚することを考えています。何度か話し合いをしたのですが,夫は離婚に応じようとしません。仕方がないので子どもを連れて別居したいのですが,パートの収入しかないので別居後の生活が心配です。夫に“婚姻費用”を負担させることができると聞いたのですが,婚姻費用とはどのようなもので,いくら支払ってもらえるのでしょうか。

婚姻費用(婚費)とは?

婚姻費用とは、夫婦が通常の社会生活を維持するのに必要な生計費のことを言います。衣食住の費用、交際費、医療費、子供の養育費、教育費等を含みます。

夫婦には婚姻費用を分担する義務があります。この義務は,婚姻関係が継続している限り存在するもので,離婚協議中であっても,別居開始後であっても,さらには離婚調停,裁判が始まっている状況であっても婚姻費用を分担しなければなりません。

婚姻費用には,夫婦の生活費だけではなく,子どもの養育費・教育費等も含まれます。この場合の子どもとは20歳を基準にするのが原則ですが,大学生の場合にはその在学中は子どもとみてその間の養育費・教育費を婚姻費用に含める例が比較的多いと思います。逆に,20歳未満でも就職して収入があれば子どもとはいえないことになります。

婚姻費用の額

婚姻費用の分担については,「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する」とされています(民法第760条)。したがって,婚姻費用の分担を決めるにあたっては,夫婦の資産,収入等を認定するとともに,別居に至った経緯,破綻の程度,有責割合,別居期間,妻の就労等のすべての事情を総合的に考慮することになります。

具体的な婚姻費用を求める方法について,東京家庭裁判所は平成15年4月に「養育費・婚姻費用算定表」というものを公にしています。この算定表は,標準的な養育費・婚姻費用を簡易・迅速に算出するために考案されたもので,「夫婦の収入」,「子どもの人数・年齢」に応じた標準的な養育費・婚姻費用を求められるようになっています。
例えば,給与所得者である夫の年収が600万円,共働きをしている妻の年収は350万円,15歳の子どもが1人いる夫婦の場合,夫は妻に対し月額8~10万円を支払うということになります。
もっとも,事案ごとの個別の事情も考慮されるので,必ずこの表で示された範囲の金額で決定するということではありません。

婚姻費用の分担請求

夫婦関係が悪化して生活費をきちんと入れてくれなくなった場合,夫婦間で婚姻費用の話し合いをしてもまとまらない場合などには,家庭裁判所に婚姻費用の分担を求めて調停を申し立てることになります。
調停でも調整がつかなければ審判で負担額が決められます。

いつから婚姻費用を分担してもらえるかについても,当事者の間で話し合いがつかなければ最終的には家庭裁判所の審判で決められることになります。
婚姻費用の分担を求める意思を内容証明郵便を使って確定的に表明するに至った時点を婚費分担の始期とした家事審判例もあるのですが,一般的には,家庭裁判所に調停・審判の申立てをした時点を婚姻費用分担の始期とする取扱いが多いと思います。したがって,夫婦関係がこじれて相手から生活費を支払ってもらえなくなった場合には,できるだけ早く家庭裁判所に調停や審判を申し立てることが大切です。

婚姻費用の未払いへの対処方法

家庭裁判所の調停や審判で決められた婚姻費用を相手が約束どおりに支払ってくれないという場合には,最終的には相手方の財産を差し押さえて換価するという強制執行を行うことになります。
ただ,いきなり強制執行をする前に,裁判所に履行勧告,履行命令を出してもらうということも方法としては考えられます。

❏「履行勧告」「履行命令」

家庭裁判所の調停,審判で決められた婚姻費用の支払いを受けられない当事者は,同じ家庭裁判所に履行勧告の申し立てをすることができます。手数料は無料です。申し立てを受けた家庭裁判所は,履行状況を調査し,正当な理由なく履行されていないことを確認した場合には履行を勧告します。この勧告には法的な拘束力はありませんが,裁判所からの勧告ということで,相手の心理にプレッシャーがかかることは期待できます。

履行勧告にも従わないという場合には,家庭裁判所に履行命令を発してもらうことができます。こちらは300円の申立手数料がかかります。履行命令に従わないと,10万円以下の過料という制裁も用意されているのですが,実際にこの過料が科されるケースはほとんどないようです。

❏ 婚姻費用の強制執行

家庭裁判所に「履行勧告」,「履行命令」を出してもらっても婚姻費用が支払われないという場合には,強制執行によって回収を図るほかありません。
このことは通常の債権と同様なのですが,婚姻費用の未払いについては,何点か特別な配慮がされています。

  • 将来分の強制執行
    通常の債権で差し押さえることができるのは履行を遅滞している未払い分だけになります。
    しかし,婚姻費用のように扶養的な性質を持つ定期金債権については,期限が到来していない将来分についても差押えが可能になっています(民事執行法第151条の2,第1項)。
    但し,差し押さえることができるのは,給料などの継続的な給付が行われる債権で,かつ,将来分の支払い期限よりも後に支払われるものに限られます(同条第2項)。
  • 差押えの範囲
    通常の債権の場合には,給料などを差し押さえようとしても,各支払期の4分の3に相当する金額については差し押さえが禁止されています(民事執行法152条。但し,33万円を超える部分については全額差押えが可能)。
    これに対し,婚姻費用の未払いについては,差押え可能な範囲が2分の1まで広げられています(同条2項)。