〔lawyer’ blog〕✍ 今年の一冊:『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)

今年も残すところもう10日余り。裁判所から少し離れた場所に事務所を構えたため,どうしても生じてしまう“手待ち時間”を読書で埋めようと考えて,鞄の中にはいつも本を数冊入れておくようになったという話しは以前に書きましたが,移動手段が車ということもあり,結局,完読できた本は20冊そこそこ。ちょっと情けない。そんなわずか20冊程度の中から“今年の一冊”なんて格好がつかないのですが…。

恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』,第156回直木賞と2017年本屋大賞のW受賞作です。選んだ本もベタですいません。国際ピアノ・コンクールを題材にした作品ということで,クラッシック好きとしては読んでおかなくてはということで手にしてみました。かつて天才といわれながら母の死をきっかけに表舞台から姿を消していた女子学生(栄伝亜夜),圧倒的なテクニックとフィジカルも兼ね備えたジュリアードの優等生(マサル・アナトール),コンクール直前に亡くなった世界的大家ホフマンがコンクールに送り込んだ最後の秘蔵っ子(風間塵)といったコンテスタントの若者たちだけでなく,塵をコンクールに送り込んだホフマンの「試されているのは彼(塵)ではなく,審査員の皆さんです」という言葉に翻弄される審査員たち,コンテスタントの友人や家族,コンクールを支える調律師,ステージマネージャーといった裏方たちなどを入れ替わり登場させる立体的な群像劇。そして,何と言っても読み応えがあったのは,洪水のような圧倒的な比喩でピアノが奏でる音を見事に表現しているところ。“どんなに大量の比喩が重ねられても,そこから音楽は立ち上がってこなかった”と直木賞の選者の一人,作家の高村薫さんはなぜかひどく辛口でしたが,いやさすがにそれはないだろうとこの選評を読んだとき思わず口にしてしまいました。

ピアノ・コンクールを舞台にした青春群像劇というと,少女漫画だとくらもちふさこの『いつもポケットにショパン』が浮かびます。恩田さんは“文字”でしたが,くらもちさんは“絵”でピアノの“音”を見事に表現していました。私は高校生の時にこの作品を読み,ショパン,ラフマニノフ,ラヴェル,バルトークと少しずつクラッシックを聴くようになりました。実は,同じピアノ教室に通った幼なじみが成長してコンクールで競うというストーリー,“アーちゃん”という女の子の呼び名,思い出の曲が「茶色の小びん」といったところは,この2つの作品に共通しています。恩田さんは私と同世代(早稲田の2年後輩で,実は,私の同級生を介して間接的なつながりが…。いつか機会があったらこのブログにも書きたいと思います)。なので,きっと『いつもポケットにショパン』の麻子と季晋のことをどこかにイメージしながら亜夜とマサルを描いたのだろうと想像しながら『蜜蜂と遠雷』を読み進めたのですが,恩田さんのインタビュー記事などを読むとどうやらそうではないよう。不思議な偶然があるものなのですね。

年も押し詰まってあと読める本は1冊か2冊か。今読んでいる「学生を戦地へ送るには 田辺元『悪魔の京大講義』を読む」(佐藤優著)を読み終えたら,冬休みには“積ん読”になっている「騎士団長殺し」に取りかかりたいと考えています。