幸町たより 弁護士ブログ

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〔lawyer’ blog〕✍ サラメシ・その4 仙台「牛たん定食」と七夕

年から原発事故で故郷を追われ避難している方たちの集団訴訟の弁護団に加わっています。弁護団の中心を仙台の先生たちが担ってくださっているため,弁護団会議は仙台の中心部,晩翠通りから東に少し入ったところにある法律事務所で行うことになっています。この事務所に通うようになって気になっていたのが,すぐ近くにある牛たんのお店。店構えからすると,だいぶ前からある老舗のよう。会議は午後1時からなので,その前にこの店でお昼ご飯を食べようといつも考えるのですが,仕事が詰まってくると,どうしても仙台に行く前に一仕事ということになってしまい,昼食は新幹線の中で済ませてばかりでした。

今回は何とか午前の仕事を入れずにすみそう。ということで,仙台に通うようになってほぼ1年,今月初め,ついに念願の牛たん定食にありつきました。びっくりしたのが麦の入ったご飯の量。こんな山盛り食べられるかと一瞬思ったのですが,お肉はもちろん,テールスープ,付け合わせのキャベツの漬物もとても美味しくて,あっさりと完食してしまいました。

この日,午前中に仕事を入れなかったので,仙台に着いたのが午前11時過ぎ。牛たん屋さんに向かう前に,駅から延びる商店街の七夕の飾りつけを眺めていこうと目論んでいたのですが,仙台の七夕は,中暦,8月6日からだったのですね。当然,商店街には何の飾りつけもなく,お店まで1km近くの道のりをとぼとぼ歩きました(完食できたのは,このためかも)。ということで,七夕はこちら。地元,川口の商店街の七夕祭りです。仙台の七夕祭りと比べてはいけないのかもしれませんが,それなりの賑わいでした! 

〔lawyer’ blog〕✍ 『半分,青い。』と早稲田界わい

梅雨が明けたのと同時に今年も半分が終わろうとしています。そして,NHKの朝ドラ『半分,青い。』も折り返し地点に。『あまちゃん』,『ひよっこ』の時ほどハマってはいないのですが,時代設定が私の学生時代から社会人になって働きだした頃に重なっていたり,律(りつ)が通う“西北大学”が母校早稲田界わいを連想させてくれたりということもあって,何となくここまで見続けています。喫茶「おもかげ」は神田川にかかる“面影橋”の傍にあるんでしょうね,きっと。

このドラマの放送が始まる前,予告編が流れ出した時に驚いたのは,漫画家を目指す主人公鈴愛(すずめ)の師匠となる秋月羽織の描く絵にくらもちふさこの実際の漫画が使われていたこと。以前,恩田陸の『蜜蜂と遠雷』のことをこのブログで書いた時,恩田さんはくらもちふさこの『いつもポケットにショパン』からインスピレーションを得たのではないかと思ったと書きましたが(実際は違ったようです。),『半分,青い。』の脚本を書いている北川悦吏子さんも恩田さんや私とほぼ同世代。『蜜蜂と遠雷』を読んだ北川さんが『いつもポケットにショパン』を思い出して今回のドラマのストーリーに組み込んだなんてことももしかするとあるのかも知れません。

ところで,以前のブログで恩田陸さんとは間接的なつながりがあると書きました。彼女の自伝的な小説『ブラザー・サン シスター・ムーン』の第2部「青い花」で主人公の衛(まもる)が入部するジャズ研の先輩,ゲロウマなテナー・サックス奏者“早瀬”のモデルになっている人物が,高校・大学を通じての同級生Y君なのです。恩田さんが直木賞を受賞した後に手にした『ブラザー・サン シスター・ムーン』の文庫本に「恩田陸,大学の先輩と語る」と題したY君との特別対談が収録されていてビックリしました。直木賞作家が書いた小説のモデルになった人物のことを当時身近にいて知っているというのはちょっと不思議な感覚です。

大学1,2年の時にはY君らと連れ立って高田馬場のジャズ喫茶MILESTONEに本当に良く行きました。ジャズ喫茶というと私語NGなんていう店もあったのですが,ここは自由な雰囲気でとても居心地がよかった。恩田さんもハイ・ソサエティ・オーケストラでサックスを吹いていたようなので,この店で一緒になったこともあったかも。MILESTONEは10年くらい前に(ずいぶんとシャレオツに)リニューアルしましたが今も健在。早稲田界わい,時間ができたらまたふらっと訪ねてみようと思います。

〔lawyer’ blog〕✍ “万引き家族”,“フロリダ・プロジェクト”,そしてSKIPシティ国際Dシネマ映画祭

先週土曜日,MOVIX川口で是枝裕和監督の「万引き家族」を見てきました。事務所の目の前にあるショッピングモールの中の映画館なのですが,アニメやファミリー向け作品の上映が中心なので,今まで一度も利用したことはありませんでした。封切り2日目,最初の土曜日,そして何よりカンヌ映画祭のパルムドール受賞ということで,座席数が最も多い1番スクリーンでしたが,7割近くの席が埋まっていました。

ひとつ屋根の下で暮らしてはいるけれど,本当の家族ではなく,奇妙な関係でつながっている同居人たち。そこに両親から虐待されて団地のベランダに締め出されていた女の子が加わって,括弧付きの「家族」の絆が生まれていくというストーリー。実際にあった事件を想起させるリアルなドキュメンタリーのような部分と映画的なフィクショナルな部分との混ぜ具合が絶妙。優等生過ぎて面白みに欠けるなんて意見もあるようですが,祖母役の樹木希林,駄菓子屋の店主役の柄本明らのユーモラスな演技で館内にクスクス笑いが拡がるシーンが何度もあったりして,“社会派”に括られがちなこれまでの是枝作品とはひと味違う感じがしました。

映画といえば,先月,シェーン・ベーカー監督の「フロリダ・プロジェクト」も見たのですが,この2つの作品,真っ当ではないことを生業にしているどうしようもない大人と,その大人と一緒に暮らす愛らしい子どもたちが描かれているという点で共通。そして,こんな生活はいつまでも続かないだろうなという予感がスクリーンに満ちていて,実際,最後に破綻が待ち受けているという点でも共通しています。でも,ラストシーンは好対照。見比べてみると面白いと思います。

初めて利用したMOVIX川口ですが,今年は,15回目を迎えたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭のサブ会場になるようです。国際コンペティション部門の10作品がこの会場でも上映されるらしいので,うまく時間を作って見に行ってみようと思います。

〔lawyer’ blog〕✍ 「小ざさ」の最中

私が担当している事件の依頼者は7割強が埼玉在住で,東京にお住まいの方が2割弱,残りがその他の地域といった割合でしょうか。そして,東京といっても,埼玉に隣接する北,板橋,練馬,足立あたりからの相談は珍しくはないのですが,23区の中でも南の地域にお住いの方から相談を受けることは滅多にありません。先日,杉並にお住いの方から相談を受けた際,こちらをお土産で頂きました。「小ざさ(こざさ)」の最中です。吉祥寺ハモニカ横丁の北の端にあり,行列ができるお店として有名な「小ざさ」。1日限定150本の羊羹を手に入れるには,朝5時とか6時とかに並ばなくてはいけないのだそう。何とか手に入れようと行列する人たちの様子は幾度もテレビで取り上げられています。最中はそこまでの希少品ではないのですが,夕方にお店に行っても並んでいないことが多いようです。

吉祥寺には,昔,「こんつぇると」という名曲喫茶があって,学生の時にはちょくちょく通いました。「小ざさ」の並びにある「肉のさとう」(こちらも今では行列ができるお店で有名)では,何度かコロッケを買って食べたことがあります。でも,当時は和菓子には関心がなかったので,「小ざさ」の前はいつも素通りしていました。

小ぶりで,餡の甘さも控えめなので,お茶請けにはうってつけです。美味しくいただきました。ありがとうございました。

〔lawyer’ blog〕✍ 20年振りの松江

宍道湖夕景

GWの前半,山陰地方を旅してきました。ふるさと納税の返礼品,大山Gビールを飲むうちに浮かんだ“妄想”に取り憑かれ,結局,妻を道連れに出雲,松江,そして倉敷(!)を旅することになりました。松江はNHKに勤めていた時の初任地。時代が昭和から平成へと替わる2年間をここで過ごしました。弁護士になってから,所属している法律家団体の大会が米子で開かれたことがあり,松江に前泊をしたことがありましたが,それも今から20年近くも前のこと。本当に久しぶりの松江訪問になりました。

まず驚いたのは,市の中央部の道路が片側2車線になっていたこと。宍道湖大橋までが片側2車線に! 私は松江で運転免許を取得したのですが,当時,市内には片側2車線の道路はJR松江駅の南側を走る国道9号線の数百メートルの区間しかなく,教習中に“車線変更”をしたという記憶がありません。現在は山陰自動車道なる高速道路までありますが,当時は山陰地方には有料道路すらなく,高速教習はビデオ視聴で済ませていました。東京に戻ってきてから,片側3車線の新青梅街道を初めて走った時のおそろしさは今でも忘れません(笑)。

道が拡げられたということは,それにともない街並みも変わったということ。“堀川めぐり”(これも30年前にはありませんでした。)の船の発着場の周辺は,カラコロ工房など色々な観光施設が整備されて活気がありましたが,東茶町や東本町の繁華街は,連休の昼間だったということもあるのかもしれませんが,かなり寂れた印象でした。そして,私の職場があった灘町,そのすぐ北側の白潟本町の界わい。天神町交差点から松江大橋南詰にかけて古い商店が立ち並ぶこの一帯の佇まいは,とても風情があって大好きな場所だったのですが,大規模な再開発の真っ只中にありました。山陰合同銀行本店ビルは解体されて瓦礫の山となり,隣には14階建ての新本店ビルがそびえ立っています。古くからの商店は,シャッターが閉まったままになっていたり,移転してしまっていたりと昔の面影はありません。私が働いていたNHKの放送会館は辛うじて当時のままの姿で残っていましたが,これも数年のうちに建て替えられるのだとか。30年という歳月が流れたことを改めて感じました。

そんな想いにとらわれながら松江大橋南詰に立ちすくんでいたところ,ある建物が目に入りました。解体工事の予定が書かれた標識の貼られています。“ぽえむ”が入っていた建物です。ネットには3月にも取り壊しが始まると書かれていたのですが,まだ工事が始まっていなかったのです。大橋の南詰,橋の本当にたもとにその建物はありました。大橋川越しに松江城を臨むことができる絶好のロケーション。“ぽえむ”がある時に来てみたかったなぁ。それでも嬉しくなって携帯を手にして撮影していたところ,通りかかった老夫婦から,“「ぽえむ」ですね。〇〇さんが亡くなってしまったからねぇ。”と声をかけていただきました。あの空間,そしてマスターを知る人と出会うことができて,時計が一気に巻き戻されたような感覚になりました。

この30年の間に多くのものが姿を消してしまいました。でも,お昼に「きがる」の割子蕎麦を食べ,65年振りに国宝に再指定された松江城の天守に登り,明々庵でまったりとした時間を過ごし,最後は県立美術館前から宍道湖に沈む夕日まで見ることができて,本当に良い思い出を作ることができました。

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