幸町たより 弁護士ブログ

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〔lawyer’ blog〕✍ 「ゲッペルスと私」と白バラ

の夏休み,“積ん読”になってしまっていた何冊かの本を手にしました。その中の1冊がこの「ゲッペルスと私」。ナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼルが,ドイツの敗戦から69年後,103歳の時に受けたインタビューをまとめたものです。このインタビューの映像にアーカイヴ映像をインサートして作られた同名の映画も公開されていて,本当は映画を見てから読もうと思っていたのですが,岩波ホールでの映画の上映は8月3日で終わってしまい,しばらく近場での上映予定もないようなので,先に本を読むことにしました。

政治には無関心だったポムゼルが宣伝省で働くことにしたのは,仕事のため,他人より少しでも多くの収入を得るため。彼女にはナチス政権に加担したことについての罪の意識はありません。「私には,何も罪はない。かけらも罪はない。だって,なんの罪があるというの? いいえ,私は自分に罪があるとは思わないわ。あの政権の実現に加担したという意味で,すべてのドイツ国民に咎があるというのなら話は別よ。そういう意味では,私も含めみなに罪があった」。本の帯には,彼女のこの発言は「ハンナ・アーレントのいう“悪の凡庸さ”を想起させる」とあります。確かにその通りとは思うのですが,それではあの時代に自分が生きたとして何ができたのか,ポムゼルとどれだけ違う生き方ができたのか…。「ナチスに対抗して当時何かできることがあったのではないかと,現代の人が考えるのは当然かもしれない。でも,それは不可能だった。命がけでなければ,そんなことはできなかった。最悪の結果を覚悟していなければならなかった。」と弁解し,白バラの中心メンバーだったショル兄妹らについて「何もしなければよかったのに」,「黙っていれば死なずに済んだのに」と語るポムゼルを正面から批判する気には私はとてもなれません。

ポムゼルのインタビューを読んで,久しぶりに白バラ抵抗運動に考えをめぐらせました。2005年公開の「白バラの祈り ~ゾフィー・ショル最期の日々~」を見た時,ゲシュタポに捕まったゾフィーらが,捜査官による取り調べにも,人民法廷でのフライスラーからの尋問にも毅然と応じる姿に胸が熱くなったのですが,一方で,ポムゼルが漏らしたのと同じ言葉が頭に浮かんだっけ…。善く生きるということはどういうことなのか,「ゲッペルスと私」を読んで改めて考えさせられました。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 軽井沢「南ヶ丘美術館」

ここ数日,クーラーをつけたままにしなくても眠ることができるようになりました。というより,薄い布団をかけていないと風邪をひいてしまいそうなくらいです。6月から続いていた酷暑,酷夏も,どうやら終わりが見えてきたよう。梅雨を飛び越して始まったこの暑さ,何時まで続くのだろうと思っていたのですが,何事にもちゃんと終わりは来るものなのですね。

終わりといえば,事務所の夏休みも今日でお仕舞いです。まだ利用したことのない北海道新幹線に乗って函館へ,はたまた世界文化遺産に指定された長崎・天草へなどと考えたこともあったのですが,懐の具合もあって,最終的には近場の軽井沢に落ち着きました。旧軽銀座をぷらぷらし,ハルニレテラスでお蕎麦を食べ,ジョン・レノンがお気に入りだったという“離山房”でコーヒーを飲むという,まったく新味のない過ごし方をしてきたのですが,一か所だけ初めて訪ねた場所がありました。「南ヶ丘美術館」です。東山魁夷やワイエス,ビュッフェなどの絵画が展示された美術館ではあるのですが,見応えがあったのは,絵ではなく,「三五荘」という建物。江戸末期,塩山に建てられた豪農の古民家を,日立造船の社長などを務めた大阪の実業家・原田六郎が,1935年に軽井沢の地に移築して別荘としたものです。戦後,GHQの接収を経て,東急の五島慶太氏の手に渡り,長く東急グループ幹部が利用する施設になっていたよう。1984年に隣接地に研修施設等を有していた学校法人中央工学院が買い取り,1991年から一般にも公開されるようになったのだそうです。

三五荘の前に広がる日本庭園のその先には,白洲次郎が理事長を務めたことで知られる超名門ゴルフ・コース,「軽井沢ゴルフ倶楽部」の(たぶん)7番ショート・ホールが見えます。このコースの会員でもあった原田氏は,三五荘を私的なクラブハウスのように使おうとしていたのだとか。なんとも優雅な話です。

軽井沢でゆったりとした時間を過ごし,帰りは伊香保方面に足を延ばして水沢うどんでお腹を満たし,すっかりリフレッシュできました。明日からの仕事,フルスロットルでいけそうです。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 記憶に残る7月

連日の猛暑,酷暑で体の中に確実にダメージが蓄積していっているような気がします。西日本の豪雨災害もそうですが,少し前までではちょっと考えられないような異常な気象現象が続いた7月でした。

このたぶんずっと記憶に残るであろう7月にあった出来事の中で一番心がざわついたのは,オウム事件関連の死刑囚13名に対する刑の執行のニュースでした。今年の3月,東京拘置所に収容されていたオウム関連の死刑囚のうち7名の身柄が,大阪・名古屋などの拘置所に移されたという報道があり,刑の執行の時期が迫っていることは予想はしていました。それでも,こんなに早く,しかも6日の麻原彰晃ら7名に続いて,26日に残りの6名についても立て続けに刑が執行されるということは想像していませんでした。一部の報道にあるように,「平成」が終わる前に,東京オリンピックが近くなる前に,区切りをつけてしまいたい,そんな思惑が政府に本当にあったのか…。死刑の存置についての意見は様々かと思いますが(私は反対です。),今回の執行については違和感を感じた方も少なくなかったのではないかと思います。

死刑が執行された13名の多くが50歳代。ちょうど私と同世代です。H元死刑囚は高校の一年後輩。面識はまったくありませんが,彼を知る同級生から,非常に真面目で優秀な奴だったと聞いたことがあります。比較的裕福な家庭で育った学生が多いなかで,アルバイトで学費を稼ぐ苦学生だったようです。大学・大学院での指導担当教授に「博士課程に進んでいたらノーベル賞級の学者になった」とコメントさせるような優秀な人物が,あのようなテロ行為に加担してしまったのはなぜなのか。宗教的教義を使ったマインド・コントロールの脅威は,オウム以降,アルカイダやイスラム国らによるテロにも共通するところがあるように思います。

今日,オウム関連事件の刑事裁判記録を法務大臣が永久保存する指定をしたという報道がありました。しかし,オウム事件については,その捜査過程や裁判手続自体にも色々と問題がありました。記録保存は当然のことですが,刑の執行の前に,できたこと,しておくべきことはほかにも色々あったように思えてなりません。

 

〔lawyer’ blog〕✍ サラメシ・その4 仙台「牛たん定食」と七夕

年から原発事故で故郷を追われ避難している方たちの集団訴訟の弁護団に加わっています。弁護団の中心を仙台の先生たちが担ってくださっているため,弁護団会議は仙台の中心部,晩翠通りから東に少し入ったところにある法律事務所で行うことになっています。この事務所に通うようになって気になっていたのが,すぐ近くにある牛たんのお店。店構えからすると,だいぶ前からある老舗のよう。会議は午後1時からなので,その前にこの店でお昼ご飯を食べようといつも考えるのですが,仕事が詰まってくると,どうしても仙台に行く前に一仕事ということになってしまい,昼食は新幹線の中で済ませてばかりでした。

今回は何とか午前の仕事を入れずにすみそう。ということで,仙台に通うようになってほぼ1年,今月初め,ついに念願の牛たん定食にありつきました。びっくりしたのが麦の入ったご飯の量。こんな山盛り食べられるかと一瞬思ったのですが,お肉はもちろん,テールスープ,付け合わせのキャベツの漬物もとても美味しくて,あっさりと完食してしまいました。

この日,午前中に仕事を入れなかったので,仙台に着いたのが午前11時過ぎ。牛たん屋さんに向かう前に,駅から延びる商店街の七夕の飾りつけを眺めていこうと目論んでいたのですが,仙台の七夕は,中暦,8月6日からだったのですね。当然,商店街には何の飾りつけもなく,お店まで1km近くの道のりをとぼとぼ歩きました(完食できたのは,このためかも)。ということで,七夕はこちら。地元,川口の商店街の七夕祭りです。仙台の七夕祭りと比べてはいけないのかもしれませんが,それなりの賑わいでした! 

〔lawyer’ blog〕✍ 『半分,青い。』と早稲田界わい

梅雨が明けたのと同時に今年も半分が終わろうとしています。そして,NHKの朝ドラ『半分,青い。』も折り返し地点に。『あまちゃん』,『ひよっこ』の時ほどハマってはいないのですが,時代設定が私の学生時代から社会人になって働きだした頃に重なっていたり,律(りつ)が通う“西北大学”が母校早稲田界わいを連想させてくれたりということもあって,何となくここまで見続けています。喫茶「おもかげ」は神田川にかかる“面影橋”の傍にあるんでしょうね,きっと。

このドラマの放送が始まる前,予告編が流れ出した時に驚いたのは,漫画家を目指す主人公鈴愛(すずめ)の師匠となる秋月羽織の描く絵にくらもちふさこの実際の漫画が使われていたこと。以前,恩田陸の『蜜蜂と遠雷』のことをこのブログで書いた時,恩田さんはくらもちふさこの『いつもポケットにショパン』からインスピレーションを得たのではないかと思ったと書きましたが(実際は違ったようです。),『半分,青い。』の脚本を書いている北川悦吏子さんも恩田さんや私とほぼ同世代。『蜜蜂と遠雷』を読んだ北川さんが『いつもポケットにショパン』を思い出して今回のドラマのストーリーに組み込んだなんてことももしかするとあるのかも知れません。

ところで,以前のブログで恩田陸さんとは間接的なつながりがあると書きました。彼女の自伝的な小説『ブラザー・サン シスター・ムーン』の第2部「青い花」で主人公の衛(まもる)が入部するジャズ研の先輩,ゲロウマなテナー・サックス奏者“早瀬”のモデルになっている人物が,高校・大学を通じての同級生Y君なのです。恩田さんが直木賞を受賞した後に手にした『ブラザー・サン シスター・ムーン』の文庫本に「恩田陸,大学の先輩と語る」と題したY君との特別対談が収録されていてビックリしました。直木賞作家が書いた小説のモデルになった人物のことを当時身近にいて知っているというのはちょっと不思議な感覚です。

大学1,2年の時にはY君らと連れ立って高田馬場のジャズ喫茶MILESTONEに本当に良く行きました。ジャズ喫茶というと私語NGなんていう店もあったのですが,ここは自由な雰囲気でとても居心地がよかった。恩田さんもハイ・ソサエティ・オーケストラでサックスを吹いていたようなので,この店で一緒になったこともあったかも。MILESTONEは10年くらい前に(ずいぶんとシャレオツに)リニューアルしましたが今も健在。早稲田界わい,時間ができたらまたふらっと訪ねてみようと思います。

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