1 婚姻費用(婚費)の分担

夫と離婚することを考えています。何度か話し合いをしたのですが,夫は離婚に応じようとしません。仕方がないので子どもを連れて別居したいのですが,パートの収入しかないので別居後の生活が心配です。夫に“婚姻費用”を負担させることができると聞いたのですが,婚姻費用とはどのようなもので,いくら支払ってもらえるのでしょうか。

婚姻費用(婚費)とは?

婚姻費用とは、夫婦が通常の社会生活を維持するのに必要な生計費のことを言います。衣食住の費用、交際費、医療費、子供の養育費、教育費等を含みます。

夫婦には婚姻費用を分担する義務があります。この義務は,婚姻関係が継続している限り存在するもので,離婚協議中であっても,別居開始後であっても,さらには離婚調停,裁判が始まっている状況であっても婚姻費用を分担しなければなりません。

婚姻費用には,夫婦の生活費だけではなく,子どもの養育費・教育費等も含まれます。この場合の子どもとは20歳を基準にするのが原則ですが,大学生の場合にはその在学中は子どもとみてその間の養育費・教育費を婚姻費用に含める例が比較的多いと思います。逆に,20歳未満でも就職して収入があれば子どもとはいえないことになります。

婚姻費用の額

婚姻費用の分担については,「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する」とされています(民法第760条)。したがって,婚姻費用の分担を決めるにあたっては,夫婦の資産,収入等を認定するとともに,別居に至った経緯,破綻の程度,有責割合,別居期間,妻の就労等のすべての事情を総合的に考慮することになります。

具体的な婚姻費用を求める方法について,東京家庭裁判所は平成15年4月に「養育費・婚姻費用算定表」というものを公にしています。この算定表は,標準的な養育費・婚姻費用を簡易・迅速に算出するために考案されたもので,「夫婦の収入」,「子どもの人数・年齢」に応じた標準的な養育費・婚姻費用を求められるようになっています。
例えば,給与所得者である夫の年収が600万円,共働きをしている妻の年収は350万円,15歳の子どもが1人いる夫婦の場合,夫は妻に対し月額8~10万円を支払うということになります。
もっとも,事案ごとの個別の事情も考慮されるので,必ずこの表で示された範囲の金額で決定するということではありません。

婚姻費用の分担請求

夫婦関係が悪化して生活費をきちんと入れてくれなくなった場合,夫婦間で婚姻費用の話し合いをしてもまとまらない場合などには,家庭裁判所に婚姻費用の分担を求めて調停を申し立てることになります。
調停でも調整がつかなければ審判で負担額が決められます。

いつから婚姻費用を分担してもらえるかについても,当事者の間で話し合いがつかなければ最終的には家庭裁判所の審判で決められることになります。
婚姻費用の分担を求める意思を内容証明郵便を使って確定的に表明するに至った時点を婚費分担の始期とした家事審判例もあるのですが,一般的には,家庭裁判所に調停・審判の申立てをした時点を婚姻費用分担の始期とする取扱いが多いと思います。したがって,夫婦関係がこじれて相手から生活費を支払ってもらえなくなった場合には,できるだけ早く家庭裁判所に調停や審判を申し立てることが大切です。

婚姻費用の未払いへの対処方法

家庭裁判所の調停や審判で決められた婚姻費用を相手が約束どおりに支払ってくれないという場合には,最終的には相手方の財産を差し押さえて換価するという強制執行を行うことになります。
ただ,いきなり強制執行をする前に,裁判所に履行勧告,履行命令を出してもらうということも方法としては考えられます。

❏「履行勧告」「履行命令」

家庭裁判所の調停,審判で決められた婚姻費用の支払いを受けられない当事者は,同じ家庭裁判所に履行勧告の申し立てをすることができます。手数料は無料です。申し立てを受けた家庭裁判所は,履行状況を調査し,正当な理由なく履行されていないことを確認した場合には履行を勧告します。この勧告には法的な拘束力はありませんが,裁判所からの勧告ということで,相手の心理にプレッシャーがかかることは期待できます。

履行勧告にも従わないという場合には,家庭裁判所に履行命令を発してもらうことができます。こちらは300円の申立手数料がかかります。履行命令に従わないと,10万円以下の過料という制裁も用意されているのですが,実際にこの過料が科されるケースはほとんどないようです。

❏ 婚姻費用の強制執行

家庭裁判所に「履行勧告」,「履行命令」を出してもらっても婚姻費用が支払われないという場合には,強制執行によって回収を図るほかありません。
このことは通常の債権と同様なのですが,婚姻費用の未払いについては,何点か特別な配慮がされています。

  • 将来分の強制執行
    通常の債権で差し押さえることができるのは履行を遅滞している未払い分だけになります。
    しかし,婚姻費用のように扶養的な性質を持つ定期金債権については,期限が到来していない将来分についても差押えが可能になっています(民事執行法第151条の2,第1項)。
    但し,差し押さえることができるのは,給料などの継続的な給付が行われる債権で,かつ,将来分の支払い期限よりも後に支払われるものに限られます(同条第2項)。
  • 差押えの範囲
    通常の債権の場合には,給料などを差し押さえようとしても,各支払期の4分の3に相当する金額については差し押さえが禁止されています(民事執行法152条。但し,33万円を超える部分については全額差押えが可能)。
    これに対し,婚姻費用の未払いについては,差押え可能な範囲が2分の1まで広げられています(同条2項)。

2 慰謝料

夫との離婚を考えています。離婚をする際,慰謝料が支払われることがあると思います。離婚をすれば慰謝料は必ず支払ってもらえるものなのでしょうか? それとも離婚をしても慰謝料が支払われないということもあるのでしょうか?

離婚にともなう慰謝料について

他人の違法な行為によって被る損害は,大別すると財産的損害と精神的損害に分けることができます。このうち,精神的損害に対する償いとして支払われる金銭(賠償)が慰謝料です。
精神的損害は,違法な行為自体によって受けた精神的苦痛だけでなく,ケガを負った場合はその治療を余儀なくされることによる苦痛,行為後の加害者の不誠実な対応による苦痛なども含まれます。

離婚と慰謝料

離婚をするとき必ず慰謝料が支払われる,というものではありません。相手方配偶者に違法な行為があったときにはじめて慰謝料の支払いを求めることができます。

離婚時に問題となる違法行為で典型的なものは,不貞行為(浮気),家庭内での暴力(DV),言葉の暴力(モラハラ)などですが,このほかにも,生活費を入れない,理由もないのに同居を拒む,セックスを拒むといったことも違法と評価されることがあります。

この離婚時に問題となる慰謝料ですが,もう少し詳しく説明すると,離婚の原因となった違法行為それ自体についての慰謝料(離婚原因慰謝料)と,その結果として婚姻関係が維持できなくなり望まない離婚をしなければならなくなったことについての慰謝料(離婚慰謝料)とに分けられます。夫が不貞行為(浮気)をした場面を考えていただくと,それによって離婚までには至らなくても夫と不貞行為の相手方に対して慰謝料を請求することはできるので,離婚原因慰謝料と離婚慰謝料とは理屈では別に観念できるという意味です。
もっとも,離婚のご相談を受けて相手方に慰謝料を請求する多くの場面では,この2つの慰謝料を一体として請求しているということになります。

慰謝料の金額

離婚に際して支払われる慰謝料の金額には明確な基準というものはありません。
裁判では,離婚するまでの婚姻期間の長さ,慰謝料の支払義務者の資力や社会的地位,離婚原因となった違法行為の内容とその責任の程度など,様々な要因を総合的に考慮して金額が決められています。
ただ,婚姻期間が長いほうが,資力・社会的地位が高いほうが慰謝料が高くなる傾向があります。離婚原因となる違法行為についても,回数が多く内容も悪質となれば,そのことは慰謝料の金額にも反映されることになります。

慰謝料の“相場”は100~300万などと言われているようです。私自身が取り扱った案件で,明確に慰謝料として500万円を超える金額を得て(あるいは支払って)解決したという経験はほとんどありません。
もっとも,離婚時には,後述の財産分与も問題となるため,慰謝料,財産分与を区別せずに金銭の授受を行うこともあります。実質的には相場以上の慰謝料の支払いをしていると言えるケースもあります。

慰謝料を請求するための準備

慰謝料を請求するには,相手方配偶者の違法行為を証明しなければなりません。不貞行為(浮気)であれば,相手とやり取りしているメールや手紙,ホテルの領収書・クレジット利用明細,浮気現場の写真などが必要になります。

本人がいったんは不貞行為を認めていても,慰謝料を請求する段になると前言を翻すこともありますので,不貞行為の事実を認める文書を作成させたり,録音を残しておくという備えも必要です。

DVを原因とする慰謝料を請求するには,治療を受けた医療機関のカルテ・診断書,負傷した部位の写真,暴力によって壊されたものがあればその写真,DVを受けたときの状況を綴った日記などが証拠になります。

慰謝料請求の方法

当事者間の話し合いで解決できれば負担が少なくてすみます。
もっとも,慰謝料を支払う約束だけして支払いは後日ということであれば合意をした内容を書面化しておくことが望ましいでしょう。合意を公正証書にしておけば,期日までに支払いがなかった場合には裁判を起こさずとも相手方の財産を差し押さえて回収をはかることができます。支払いを行う側にとっても,どの事実についていくらの慰謝料の支払いをしたのかを明確にできるので,合意内容を書面化しておくことは大切です。

当事者間の話し合いでは解決がつかない場合には,調停,訴訟を起こして請求することになります。
離婚についても話し合いがつかず,離婚と慰謝料の支払いとを一緒に求める場合には,家庭裁判所に夫婦関係調整(離婚)調停を申し立て,その中で慰謝料の支払いも要求していくことになります。これに対し,離婚については協議離婚が成立していて元配偶者に慰謝料の支払いだけを求める場合,あるいは,離婚はせずに慰謝料の支払いだけを求める場合については,家庭裁判所に慰謝料請求調停を申し立てることもできますし,簡易裁判所に同様の申立てをすることも可能です。

なお,不貞行為を原因とする慰謝料請求が問題になるケースでは,配偶者に加えて不倫相手に対しても同時に請求を行うということがしばしばあります。1つの事件として家庭裁判所に申し立てをすると,裁判所の取り扱いによっては受け付けてくれず,別の事件としての申立てを求められることがあります。
管轄,利害関係人の参加申出などの手続が必要になることもありますので,手にあまると感じられたら,弁護士に相談するとよいでしょう。

慰謝料請求の時効

不法行為による損害賠償の請求権は,「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。」と規定されています(民法724条)。離婚時に問題となる慰謝料請求権も,不法行為による損害賠償請求権としての性格を有しているため,3年で時効消滅することになります

この3年をどこからカウントするかですが,先ほど説明した離婚原因慰謝料については,不法行為の時効の原則によると,離婚の原因となった違法行為が行われたことを知った時から進行することになります。そうなると,例えば,離婚届の提出する3年以上前の不貞行為については慰謝料を請求することはもはやできないことになりそうです。
しかし,不法行為を不貞行為だけではなく,それによって婚姻関係が破綻をして離婚に至ったこととして捉えると,離婚届を提出するまで不法行為は続いているとも言えるため,離婚後も3年間は不貞を含む慰謝料を請求できると考えてよいのです(離婚慰謝料)。

さらに付け加えると,民法159条は,「夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については,婚姻の解消の時から6箇月を経過するまでの間は,時効は完成しない」としているため,3年以上前の配偶者の違法行為であっても,離婚から6ヵ月を経過するまでは慰謝料の請求をすることは理屈では可能ということになります。もちろん,その場合,例えば不貞行為の相手に対する請求権は時効消滅しているでしょうし,(元)配偶者に対する請求についても,不貞の事実を知りながらこれを赦していたような場合には,慰謝料の金額はかなり減額されることになるでしょう。

3 財産分与

結婚をしてから夫婦共働きで頑張ってきました。マイホームを購入した際,住宅ローンは夫名義で借り入れをしましたが,その返済には私も協力をしてきました。車も夫名義になっていますが,ローンの支払いは家計の中からしています。離婚をすることになった場合,マイホーム,車,残っているローンはどのように処理されることになるのでしょうか?

財産分与とは?

婚姻中に夫婦が協力して築いた財産を離婚時に清算・分配することを「財産分与」といいます。
夫婦が共同生活を送っている間に協力して築きあげてきた財産は,どちらかの単独の名義になっていることも多いのですが,これを財産取得への貢献度を考慮して公平に分配するのが一般的な財産分与です(「清算的財産分与」と言います)。
財産分与には,このほかにも離婚後の生活の安定を図るために一方が他方に支払うもの(扶養的財産分与),離婚原因を作った側から他方に慰謝料的な意味合いとして支払うもの(慰謝料的財産分与)があります。

財産分与の対象となる財産の範囲

財産分与の対象となるのは,夫婦が婚姻期間中に築いた一切の財産です。
共有名義で購入しているものが対象になることは当然ですが,家具などのように共同生活を送るために購入した生活必需品も共有財産として財産分与の対象になります。さらに,夫婦で協力して購入したマイホームのようにどちらかの単独名義になってはいても共有財産とみなされるもの(実質的共有財産)も財産分与の対象に含まれます。プラスの財産だけでなく,夫婦で作った負債,例えば住宅ローンも財産分与の対象となります。

これに対し,婚姻前にそれぞれが取得した財産,婚姻期間中ではあってもそれぞれの親族から贈与を受けたり,あるいは相続した財産などは「特有財産」と言って財産分与の対象にはなりません。
ギャンブルや浪費で個人的に作った借金も特有財産になり,財産分与の対象には含まれません。

“負債”の扱い

財産分与では,プラスの財産に限らず,住宅ローン,自動車ローン,子どもの教育ローン,生活費のために借りた借金などのマイナスの財産(=負債)も対象となります。ただし,浪費やギャンブルなどのために一方が個人的に作った借金は,たとえ婚姻中に作ったものであっても共有財産には含まれません。

マイナスの共有財産がある場合の処理としては,プラスの財産からマイナスの財産を差し引き,残った財産を分割するのが一般的です。

退職金の財産分与

財産分与の対象になるかについてよく質問されるのは退職金です。
会社で頑張って働いていた側からすれば,退職金は自分だけのもの,“特有財産”であると心情的には主張したくなるでしょう。しかし,退職金には給与の後払いとしての性格があるとされており,普通の給与と同様,財産分与の対象に含めることとされています。会社で長年働くことができたのも,パートナーのサポートがあったからこそ,ということです。もっとも,結婚前から同じ会社で働いていたという場合には,支給される退職金全額が分与の対象となるわけではなく,婚姻期間に応じた割合を対象とすることになります。

すでに退職金が支払われている場合には,それに相当する金額が残っていれば財産分与の対象に含めることになりますが,離婚時までに使われてしまっていると,分与の対象となる財産がすでに無くなっているということで,分与の対象にはできないとされる可能性が高いでしょう。

まだ勤務を続けていて退職金が支払われていないという場合には,将来,退職金が支払われる蓋然性がどれだけあるかによって,財産分与の対象に含めるかどうかの判断が変わってきます。定年(=退職金の支給時期)までの年数,会社の規模・業績,本人の勤務状況などが判断材料になります。定年まで残りわずかという場合には,その間に会社が倒産したり,本人が懲戒解雇をされるといった可能性はそれほど考慮する必要がないということで,分与の対象に含めてよいという判断になるでしょう。
ただ,将来の退職金見込額を分与の対象として離婚時に受け取るということは,退職金の分与を“先取り”しているとも言えるので,中間利息を差し引くことになる可能性もあります。

年金と財産分与

将来受け取ることのできる年金も財産分与の対象です。これを特に「年金分割」といいます。
年金も,退職金と同様,分割の対象となるのは支給額の満額ではなく,婚姻期間中に保険料を納めた部分に相当する金額のみとなります。
年金分割については,別のところでもう少し詳しく説明します。

財産分与の基準時

離婚する以前から婚姻関係が破たん状態にあり別居をしていたが,この別居期間中に自分の名義の資産が増えたという場合,この増えた資産まで財産分与の対象となるのでしょうか。

このようなケースの財産分与については,離婚時ではなく別居時を基準に考えるべきとされています。
これは,婚姻関係が形式上は継続していたとしても,別居後の資産形成については夫婦が協力して行ったものとはいえないためです。

財産分与の割合

財産分与の割合は,財産の形成・維持に夫婦各々がどれだけ貢献したといえるかによって決めていくことになります。
しかし,現在の実務では,分与の割合はそれぞれ「2分の1ずつ」というのが一般的です。例えば,専業主婦(夫)で婚姻中に一切の収入がなかったという場合であっても,婚姻後に築いた財産の半分を取得することが原則となります。これは,「一方が働きに出てお金を稼ぐことができるのは,その間,他方が家庭を支えてくれているからだ」という“内助の功”を認めているためです。

例外的に,一方の特殊な才能や特別な努力によって普通では難しい資産形成が実現できたとされるような場合には,その特殊な才能,特別な努力等を考慮した分与割合とされることもあります。たとえば,妻が家事・育児全般を一手に引き受けながら,会社員として夫と同等に働いていたケースであれば,妻の貢献度がより多く認められる可能性があります。

また,財産分与の割合を原則1/2とすることは法律に規定があるわけではありません。このため,財産分与の割合を夫婦で話し合って決める場合は,この1/2にとらわれず自由に定めることができます。

財産分与の決定方法

財産分与については,まずは夫婦間で話し合って決めていくのが一般的でしょう。各々がプラスとマイナスの財産をリスト化し,ひとつひとつの財産について分割の方法を決めていきます。

当事者の話し合いでは決められない時には,離婚に付随する問題として離婚調停で解決することもできますし,すでに離婚の合意はできており,財産分与に関してのみ話し合いがまとまらない場合には,個別に財産分与に関する調停を申し立てることもできます。調停でもまとならなければ自動的に審判手続きに移行し,審判によって分与方法,分与割合が決定されることになります。

財産分与の請求期限

財産分与については離婚と同時に取り決めを行うのが一般的ですが,離婚時に財産分与に関して取り決めを行っていなかった場合は,離婚後でも財産分与の請求を行うことが可能です。
ただし,財産分与請求には,離婚が成立してから2年以内という請求期限があります(民法第768条第2項但書)。離婚時に財産分与について取り決めをしなかったという場合は,できるだけ早く手続きを進める必要があります。
離婚については合意ができたけれど財産分与について揉めてしまい,先に離婚を成立させたくなることもあるかと思います。ただ,離婚が成立してしまうと,別れた配偶者と連絡が取りにくくなる,行方がわからなくなる,ということも珍しくありません。離婚時にはあった財産を費消してしまうということも起きます。財産分与については離婚と同時に取り決めをすることをお勧めします。

❏ 財産処分禁止の審判前保全処分

離婚の話を切り出した後,相手方が財産分与を免れるために,その名義になっている夫婦共有財産を処分してしまうことがあります。共有財産を処分されてしまいそうな事情があるときは,家庭裁判所へ財産分与請求の調停を申し立てるとともに「財産処分禁止の審判前保全処分」の申立てをすることを検討するとよいでしょう。「金銭をめぐるトラブル(債権回収)」のところでは,「仮差押え」「仮処分」という民事保全手続を紹介しましたが,これとは別に設けられている手続になります。

4 年金分割

離婚をした場合,夫の年金の一部を分割して受給できる仕組みがあると聞きました。どのような制度なのでしょうか?

年金分割とは?

結婚してから夫が会社で働き,妻はずっと専業主婦であったようなケースでは,婚姻期間中に納めた年金保険料の原資が夫の給料であるとしても,妻の“内助の功”があってこそ夫は働くことができたとも言えるので,退職金と同様,離婚後に支給される年金についても夫婦で公平に分配されるべきといえます。そこで,婚姻期間中に一方の配偶者が納付した年金保険料のうちの一部を夫婦が協力して納めたものとみなし,離婚後に他方の配偶者が受け取ることができるようにするのが年金分割制度です。

年金分割の対象となるのは?

年金分割制度は,厚生年金保険(会社員),共済年金(公務員)の「婚姻期間中の保険料納付実績」を対象とするものです。

日本の年金制度は“3階建て”の構造になっていると言われますが,このうち会社員と公務員の“2階部分”だけが対象になります。
1階部分に相当する国民年金保険,2階部分のうち自営業者が加入する国民年金基金は対象となりません(下記の図を参照ください)。

また,年金分割は,将来受給できる年金そのものを分割するものではありません。婚姻期間中の保険料納付実績を分割することにより(納付記録を訂正する。),分割を受けた側がその分の保険料を納付したものとして扱い,これによって受給できる年金の額が増えるという仕組みになっています。

年金分割(川口幸町法律事務所)

年金分割の種類

年金分割には,「合意分割」と「3号分割」があります。

「合意分割」とは,婚姻期間中の保険料納付実績を当事者の合意により分けるというものです。離婚する時に限りできるもので,按分割合の限度は最大2分の1とされています。
話し合いをしても合意ができない場合には,家庭裁判所の調停,さらには審判手続で按分割合を決めることになります。

「3号分割」は,平成20年4月1日から離婚の日までの期間について,第3号被保険者(=第2号被保険者の被扶養者である配偶者。サラリーマンの妻など)からの請求により,自動的に第2号被保険者(夫)の厚生年金保険料納付記録の5割が分割される制度です。
合意分割とは異なり,請求をすれば当然に対象期間の記録は2分の1の割合で分割されます。

年金分割の手続

年金分割の手続を行うには,まず,社会保険事務所に年金分割のために必要な情報提供を求めることになります。「年金分割のための情報提供書」という書類で,そこには分割できる年金の下限と上限が記されています。この書類の取り寄せについては,お近くの社会保険事務所に問い合わせてみてください。
日本年金機構のホームページからお住いの近くの社会保険事務所,年金相談センターを探すことができます。

社会保険事務所から提供された情報をもとにして,年金分割の分割割合について夫婦間の話し合いがまとまった場合ですが,当事者双方が署名・捺印をした合意文書を提出するだけではだめで,当事者双方が年金事務所の窓口に出向く必要があります。窓口に揃って行くことができない場合には,公正証書化した合意文書,あるいは公証人の認証を受けた合意文書を提出する必要があります。
家庭裁判所の調停,審判によって按分割合を決めた場合は,調停調書の謄本,審判書の謄本及び確定証明書を提出することになります。
手続に必要な書類の詳しいことは,年金事務所に確認してみてください。

3号分割の場合も年金事務所での手続が必要になります。
分割請求書(標準報酬改定請求書)などを提出することになります。

年金分割の期限

年金分割の手続は,原則として,離婚した日の翌日から数えて2年を経過するとできなくなってしまいます。但し,離婚時には年金分割の合意をしていなかったが,離婚した日の翌日から数えて2年を経過する前に家庭裁判所に対して按分割合を定める審判または調停の申立てをしたというケースについては,先の期限内に手続をすることが事実上不可能な場合も起きるため,審判確定又は調停成立の日の翌日から数えて1か月を経過するまでは年金分割の請求手続ができることになっています。

5 子どもの親権の帰属

夫と離婚の話し合いをしています。お互い離婚することについては納得しているのですが,子どもの親権について意見が対立し,折り合いがつきません。夫は,パートの収入しかない私には生活力がないから子どもを育てることはできない,裁判所も親権を認めるはずがないと言います。本当でしょうか。

親権とは?

親権とは,未成年者の子どもを監護・養育し,その財産を管理するため,その父母に与えられた権利と義務の総称です。子どもに対する身上監護権と子どもの財産管理権の2つに大別されます。

離婚と子どもの親権

両親が婚姻中であれば,親権は原則としてその2人が共同で行使することになります(民法818条3項)。
これに対し,未成年の子どもがいて離婚する場合には,父か母のいずれかを「親権者」として決める必要があります(819条1項)。

協議離婚の場合には,離婚届に親権者をどちらとするか記入する欄がありますので,話し合いで決められた方を親権者として記載することになります。この親権者の指定がないと役所に離婚届を受理してもらうことはできません。
慰謝料や財産分与は離婚してから話し合って決めるということもできますが,親権者の指定については,必ず離婚と同時にしなければならない,言い換えれば,親権者が決まらないと離婚することもできないということになります。

親権者の定め方

話し合いによっては親権者が決まらない場合には,家庭裁判所に調停の申立てをして,家裁の調停委員を介して話し合いをすることになります。

調停で話し合いをしてみても,結局,お互いが最後まで譲らずに決まらないという場合には,調停を不成立にして改めて離婚訴訟を起こすのが一般的なやり方であると思います。親権の帰属が決まらないと離婚についても決断できないことが多いからです。

調停で話し合う中で離婚に関しては合意に達しているという場合には,離婚訴訟を起こさずに親権者だけを裁判所に決めてもらうというやり方もあります。

ひとつは,家庭裁判所が職権で調停に代わる離婚の審判をし,その中で子の親権者を指定するという方法です(家事審判法24条)。ただし,24条審判は当事者が異議を申し立てると効力を失うとされているので(同法25条),異議が申し立てられると,合意をしている離婚についての審判の効力もなくなり,結局,離婚訴訟を提起せざるを得なくなります。

もう1つは,離婚の手続と親権者指定の手続とを分け,離婚については調停を成立させたうえで,親権者の指定については審判に移行させ,離婚の調停条項の中に,親権者の指定については後日の審判によって指定する旨を定めておく方法です。

親権者を定める基準

裁判所は,「誰を親権者にすることが子の福祉にかなうか」という観点から親権者の指定の判断を行います。
この判断にあたっては,夫婦,子供を取り巻くあらゆる事情が考慮されますが,特に親側の事情としては,子を監護する体制が整っているか(監護候補者の健康,経済力なども含む),子に対する愛情があるか,監護意思があるかなどが,子ども側の事情としては,年齢,環境の継続性,子の意思などが考慮されることになります。

例えば,母に十分な収入のない場合にも,子どもに対する愛情があり,自ら責任を持って養育していく意思を有し,子どもとも良好な関係を築いているような場合には,母親に親権が認められることが一般的です。

なお,子どもの環境の継続性という観点から,現状の子どもの監護状況を維持しようとする傾向があることは否定できません。ただ,他方で,夫婦が別居状態で離婚の話し合いをしている最中に,子どもを監護していない親が,無断で子どもを連れ去る等の行為をすることは,親権者を決める協議・裁判手続中であることを無視する不穏当な行為ですから,親権者の適格性を判断するうえでは大きなマイナス要素となることも十分にあり得ます。

親権者の変更

離婚時に親権者を定めた後,親権者を変更することも不可能ではありません。ただし,離婚時には当事者の話し合いによる親権者の指定ができるのに対し,いったん定めた親権者を変更するには,家庭裁判所の調停,審判によらなければなりません(民法819条6項)。
このように親権者の変更について家庭裁判所を関与させているのは,子どもの利益のために必要があると認められるときに限って親権者の変更を認めるという趣旨によるものなので,かなりハードルは高いということになります。

6 養育費の支払い

夫と離婚することになりました。中学生と小学生の子ども2人については,親権は私が取得して3人で新たにマンションを借りて暮らすことになりました。ただ,養育費の金額については話し合いがついていません。どのくらいの金額の養育費を支払ってもらえるのでしょうか。また,夫が養育費を支払ってくれない場合にはどうすればよいのでしょうか。

養育費とは?

養育費とは,子どもが社会人として自活ができるまでに必要とされる費用のことを言います。衣食住にかかる経費のほか,教育費,医療費などが養育費にあたります。社会人として自活できるまでということですので,20歳までが原則とはなりますが,高校卒業までの18歳,大学卒業までの22歳となることもあるでしょう。

養育費の定め方

養育費の金額は,まずは当事者間の話し合いで決めることになりますが,話し合いでまとまらない場合には,家庭裁判所に調停を申し立て,調停委員を介して話し合うことになりますが,調停でもまとまらなければ,最終的には審判で養育費の金額を決めてもらうことになります。

養育費の金額

相手方に請求する養育費としていくらが相当かという質問を受けることがありますが,実務においては,裁判官や調査官が中心となった研究会で作成された算定表を使った算定がされています。『婚姻費用』のところでも紹介した「養育費・婚姻費用算定表」というものです。
ただし,この養育費算定表は,子どもの年齢,扶養しなければならない子どもの人数,夫婦の収入によって養育費の標準額を簡易・迅速に算定しようというものですから,個別の事案においては,その事案特有の事情(例えば,住宅ローンなど特別な支出の有無,当事者の健康状態,子どもの養育環境など)を考慮して標準額を修正していくことになります。

  • 養育費・婚姻費用算定表(裁判所HPより)はこちら算定表を使った標準額の求め方ですが,例えば,給与所得者である夫の年収が500万円,パートをしている妻の年収が110万円,夫婦の間に4歳の子どもが1人いるという例では,夫は妻に対し,月額4~6万円を支払うものとされることになります。
  • 算定表の「年収」は,給与所得者の場合には源泉徴収票に記載されている支払金額(税金控除されていない金額),自営業者の場合には確定申告書に記載する所得金額になります(基礎控除,青色申告控除等の税法上の控除額は加算します)。

7 子どもの面会交流

妻と離婚することになりました。離婚自体には納得しているのですが,小学生の子どもと離れて暮らさなければならないことが残念でなりません。離婚してからも子どもとの交流を大切にしていきたいと思っているのですが,妻はあまり子どもに私と会わせたくないようです。妻に子どもとの面会交流を約束させることはできないものでしょうか。

“面会交流”とは?

離婚などで子どもと離れて暮らしている親(監護権を持っていない親)が,子どもと直接会ったり,電話や手紙,メールやプレゼントの受け渡しを通じて子どもと定期的に交流することを「面会交流」といいます。

以前は「面接交渉」という用語が使われていたのですが,裁判所が作成した家事事件の申立書式で面会交流という用語が使われるようになり,また,平成23年に改正され翌平成24年4月から施行された改正民法の条文でも「父又は母と子との面会及びその他の交流」という表現が用いられたため(766条),現在では「面会交流」という用語が定着しています。

面会交流は誰の権利か?

面会交流(権)については,平成23年の改正まで,民法の中にも明確な定めは置かれておらず,判例でその権利性が認められているにすぎませんでした。
改正民法では,夫婦が離婚する際,子の監護をする者,養育費などとともに「父又は母と子の面会及びその他の交流」について協議で定めること,協議が整わないときは家庭裁判所が定めることが規定されました(民法766条1,2項)。

この改正が行われるまでは,面会交流は親の権利なのか,両親から愛情を受けて育てられるという利益を守るための子どもの権利と捉えるべきなのではないか,といった議論がありました。改正法では,面会交流についての協議においては,「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」とされたので(766条1項),主たる権利の主体は子ども,という理解になるものと思われます。もっとも,子どもの権利といってみても,特に幼い子どもの場合は,子ども自身が権利行使をすることは困難ですし,面会交流を妨げるとすれば親権・監護権を有している側の親ということになるので,この権利が問題となる場面においては,監護権をもっていない親が事実上権利を主張するということになります。

面会交流の定め方

(元)夫婦間の話し合いで決めるのが原則ですが,親権について争いがあったケースなどでは,実際にはスムーズに決まらないことも多いかと思います。その場合には,家庭裁判所に面会交流を求める調停,あるいは審判の申立てをすることになります。

調停では,2人の調停委員が間に入り,面会交流の可否,実施する場合の方法,回数,日時・場所などの具体的な内容を調整していくことになります。その際,家庭裁判所の調査官が加わり,調停期日に同席をしたり,期日外に子どもや関係者と面接するなどの調査を行ったり,調査官の立ち合いのもとで子どもと面会を求める親との試行的面接を行ったりすることがあります。

調査官による調査の結果,調査官が立ち会った試行的面接の結果は,調停での調整を行う上での材料となりますし,審判に移行した場合には,裁判官が判断する上でも参考とされることになります。

面会交流の内容

裁判所で決められる面会交流は,面会回数としては月1回程度,面会時間も2~3時間程度というものが多いかと思います。宿泊を伴う面会,旅行を希望する親も多いのですが,子どもを監護している側の親が了承しないと,なかなか実現できないのが実情です。

離婚をした親の間で確執が残るのもやむを得ない場合もありますが,親からの愛情を受けて育つ子どもの権利というこの権利の本来の内容からすると,もう少し豊かな面会交流が行われるようになるべきだろうと個人的には考えています。

面会交流が実現されない場合

裁判所で決めた面会交流が相手方の非協力によって実現できない場合には,まず,婚姻費用のところでも説明した家庭裁判所から履行勧告という仕組みを利用することができます。
勧告にも応じてもらえない場合ですが,子どもを連れてきて面会交流を強制的に実現させるという強制執行はできないのですが,面会を拒むごとに一定額の制裁金を支払わせるという間接強制を求めることはできます。また,取り決めた面会交流を行わないことを債務不履行として損害賠償を求めることも可能です。