請求できる損害項目(物損事故の場合)

交通事故の被害にあった時に加害者に請求できる損害項目について,次は物損事故の場合について説明します。

 

1)修理費用
事故で車が破損した場合,その賠償については,車を修理することができるかによって,賠償内容のとらえ方が大きく変わってきます。

= 修理が不可能な場合 =
車両の損傷の程度がひどく,修理することが不可能な場合(この状態を“(物理的)全損”と言います)には,「車両の時価額(税込み)+買替諸費用」が賠償額となります。
車両の時価相当額を求める資料としては,同年式・同型車の中古車市場における価格や“レッドブック”と呼ばれる「オートガイド自動車価格月報」という本に掲載された価格などが使われます。

= 修理が可能な場合 =
修理が可能な場合には,原則としては,適正な修理費相当額の賠償を求めることになります。自動車修理工場に修理費用の見積書を作成してもらって,これを加害者に請求するのが一般的でしょう。
“適正な”とあるのは,過剰な修理は認められないという意味です。車両の一部を損傷しただけで部分塗装ではなく全塗装が認められるのか,4本あるホイールのうち1本だけが破損したのに4本全部の交換が認められるか,などといった問題があります。部分塗装による色むらは普通は専門家でなければ見分けられないレベルなので,部分塗装の費用しか損害として認めないのが原則です。しかし,塗装方法が特殊で,補修部分と非補修部分との色調・光沢の差が生じてしまうようなケースでは,全塗装の費用が損害として認められることがあります(東京地裁平成25年3月6日判決・自保ジャーナル1899号)。
修理が可能であっても,その修理費用が「車両の時価額(税込み)+買替諸費用」を上回る場合には,いわゆる経済的全損と評価され,修理費用全額の賠償を求めることはできず,修理が不可能な場合と同様,「車両の時価額(税込み)+買替諸費用」の賠償しか認められません。

2)評価損
評価損とは,修理・事故歴があることや修理をしても自動車の外観が修復されない場合に,自動車の商品価値が下がってしまうことの損害をいいます。“格落ち”という言い方をすることもあります。
この評価損については,一定の価値の減少があり得るとしても,実際の買い替え予定がなければそれは潜在的なものにとどまるから,現実に損害が発生しているとは言えないとして,これを損害とは認めない考え方もあります。しかし,初年度登録からの期間,走行距離,車両の損傷部位,損傷の程度,車種等を総合的に判断して,被害車両の価格が事故前と比べて現実に低下しているとして,評価損を損害として認めている裁判例も少なくはありません(但し,新車登録から間もない車両,外国製の高級車などの事案が中心)。
なお,評価損が認められている事例では,修理費用の1割~3割程度の金額を損害額として認定している例が多いようです。

3)代車費用
代車費用とは、車両の修理や全損の場合の車の買い換えなどのために代車(レンタカー)を利用した場合に生じる費用です。客観的に修理に必要な相当期間,あるいは買い換えに必要な期間について認められます。使用する代車については,事故車両と同グレードのものが認められます。
なお,あくまでも代車を使用する必要があったといえる場合に認められるものなので,例えば,被害車両のほかにも車を保有している場合などには認められないこともあります。

4)休車損 -営業車の場合-
休車損とは,事故車両が営業車の場合,これを使用できなくなったことによって,その期間使用できていれば得られたであろう利益に相当する損害をいいます。タクシーのような営業車両の場合,修理期間や買換期間に代車を使って穴を埋めることができないことがあり,その場合には休車損が損害として認められます。裏を返せば,代車や会社にある遊休車で対応できてしまう場合には,休車損は損害として認められません。

5)登録諸費用 -買換の場合-
車両が全損となり買い換えを行った場合には,車両の時価(税込み)だけでなく,買い換えに必要な諸費用も損害となります。車庫証明費用(法定費用含む),検査登録手続費用(法定費用含む),納車費用,リサイクル預託金手数料,自動車重量税の未経過分(還付されるケースは除く)などがこれにあたります。
被害車両について前納していた自動車税,自賠責保険料については,未経過分について還付制度があるため,その分は損害から除かれます。

6)雑費
事故により車両が損傷した場合の処理にかかる費用も損害として請求することができます。レッカー費用,車両の保管料,時価査定料,交通事故証明の交付手数料,廃車費用などが含まれます。

7)積み荷その他の損害
事故の被害に遭った車両が荷物を積載していて,この積み荷も損傷したという場合には,損傷した積み荷の価格の賠償だけでなく,現場の処理費用,廃棄処分費用といったものも賠償しなければなりません。
車両が店舗や家屋に突っ込んだ場合には,その建物の修理費用が問題となります。建てられてから一定の年数が経過している場合,保険会社からは減価償却をすべきという主張がされることがありますが,家屋の修復により耐用年数が延長することになったとしても,それが不当利得をあげたといえるような場合を除けば,原状回復の範囲内として減価償却をする必要なしという判断を示している裁判例が比較的多いようです。

8)物損の慰謝料
交通事故によって物が壊されても慰謝料は原則的に認められません。但し,被害にあった物が被害者にとって特別の主観的価値を有する場合や,物損の被害により被害者の生活が影響を受け,例えば,平穏に暮らす利益など人格的利益が侵害されたと評価できる場合などについては,例外的に慰謝料が認められることもあります。

2017年12月17日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : 事務局

請求できる損害項目(人身事故の場合)

交通事故の被害に遭った場合,どのような賠償を受けることができるのでしょうか。人身事故と物損事故とに分けてその主なものを説明します。まず,人身事故について説明します。

1)治療費
治療費については,必要かつ相当な実費全額について賠償を受けることができます。裏を返すと,必要性,相当性を欠いた治療費については,支払いが受けられないということになります。医学的な見地から治療の必要性,合理性が認められない“過剰診療”や診療行為に対する報酬が社会一般の水準と比べて著しく高額な“高額診療”がこれにあたります。

❏ 接骨院,整骨院,鍼灸院などの治療費
接骨院・整骨院や鍼灸,マッサージなどの施術費用は,整形外科の医師の指示を受けて通院したものであれば治療費として認められます。医師の指示がない場合であっても,施術により症状の改善,効果があったと言えれば必要かつ相当な治療費と言えるのですが,加害者側の保険会社はこれを争ってくることが多いので注意が必要です。

❏ “症状固定”後の治療費
治療を進めていって,これ以上治療を継続しても効果があがらず,回復が見込めない状態を「症状固定」と言います。交通事故で支払いを求めることができるのは,この症状固定までの治療費で,症状固定後の治療費は,原則として被害者自身の負担となってしまいます。症状固定となっても,痛みなどが残ってしまい,治療を続けざるを得ないということもあり得ますが,後遺障害慰謝料のなかに症状固定後の治療費も含まれるものとして処理されるのが一般です。

2)付添費用
1994年の健康保険法改正によって付添看護は廃止され,現在では,すべての病院が看護師,職員による看護を行うようになっていて,自前で看護をする必要はありません(いわゆる完全看護)。そうなると,交通事故でケガをして入院をしている期間中の付添費用を加害者に請求できるのかが問題になってきます。
日弁連交通事故相談センター東京支部の「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(「赤本」と一般的には呼ばれています)では,入院付添費については,「医師の指示または受傷の程度,被害者の年齢等により必要があれば職業付添人の部分には実費全額,近親者付添人は1日につき6500円が被害者本人の損害として認められる」とされており,さらに,症状の程度や被害者が幼児,児童である場合については,「1~3割の範囲で増額を考慮することがある」とされています。一般的には,ケガが重傷である場合や年少者の場合などについては,近親者の付添費用は認められ易いと言えるでしょう。

3)入院雑費
入院をするとおむつ代,シーツ代など色々な雑費がかかります。先ほどの「赤本」では,1日につき1500円を入院雑費の一応の基準としています。

4)通院交通費
交通事故のケガの治療で病院に通院する場合,公共交通機関ではなくタクシーを利用するということもあるでしょう。通常は公共交通機関を利用する場合の交通費しか認めてもらえませんが,症状などによりタクシーを利用することが相当と言える場合には,タクシー料金を請求することができます。
自家用車を使って通院した場合には,ガソリン1ℓで10km走行すると想定し,1km=15円としてガソリン代相当額を支払うのが相場のようです。

5)家屋・自動車改造費等
重度の後遺症が残ったケースが中心になりますが,浴室,トイレ,玄関,自動車などの改造が必要になった場合に,これらの改造費を請求することができます。また,それまでの住居を改造することが難しい場合には,改造費とは別に転居費用も損害として認められます。

6)葬儀関係費
被害者が亡くなった場合の葬儀費用は,交通事故にあわなければ支出する必要がなかった費用ですから,損害賠償を求めることができます。ただし,かかった費用の全額を請求できる訳ではありません。葬儀へのお金のかけかたは地域の慣習等によってもかなりばらつきがありますし,人はいずれ死亡し,葬儀費用が必ず必要になるということもあるため,150万円を上限に認めるというのが実務になっています。

7)休業損害
交通事故でケガをして,仕事を休まざるを得なかったという場合には,交通事故による休業がなかったならば得ることができたはずの収入・利益を損害として賠償請求することができます。休業損害の賠償の原則は,現実に収入が減った分を請求する,ということになります。

[会社員の休業損害]
 会社員であれば,勤務先に「休業損害証明書」を作成してもらうことになります。休業損害証明書には,事故によって会社を休んだ期間,事故前に支払われていた給与月額,稼働日数などを記入してもらい,これをもとに休業損害が計算されることになります。

[自営業者の休業損害]
自営業者の場合には,「事故前の年収」が休業損害を求める基礎収入となります。事故前年度の所得税申告所得額を365日で割って,1日当たりの基礎収入を求めます。ただ,自営業者の場合,申告所得額が実際の収入を正確に反映していないということがしばしばあります。納税との関係では問題がありますが,例えば,私的な支出を経費として計上しているケースなどです。実収入額が確認できる資料(通帳,領収書,会計帳簿など)を提出して,実態にあった基礎収入をもとに休業損害を計算してもらう必要があります。

[主婦の休業損害]
主婦の場合には,ケガによって家事ができなかったということであれば,家事労働分の休業損害について賠償を求めることができます。
主婦の休業損害の算定に用いる基礎収入は,裁判基準(*)では,賃金センサスという厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果のうち,事故が発生した年の女性学歴計・全年齢平均収入を用います。平成28年度のこの数字は376万2300円ですから,日額にすると1万307円になります。自賠責基準(*)では,日額5700円で計算されます。
家事労働の休業損害を請求をする場合には,休業日数もよく問題になります。会社員であれば現実に仕事を休んだ日を事故による休業とみなし易いのに対し,家事労働については「休業」を観念しにくいためです。自賠責基準では,原則として実通院日数を休業日数としています。
* 裁判基準,自賠責基準の意味については,別ページ(※)をご参照ください。

[無職者の休業損害]
事故前に無職だったという場合には,収入の実績がないことになるので休業損害の賠償を求めることはなかなか難しいのですが,求職活動中で就職が決まりそうだったというように,就労の蓋然性がある程度あると言える場合には,請求することができます。

8)逸失利益の賠償
「逸失利益」というのは,将来得られるはずであった収入が得られなくなることによる損害のことを言います。交通事故では,被害者に後遺症が残ってしまった場合の後遺症逸失利益,被害者が亡くなられてしまった場合の死亡逸失利益が問題になります。

① 後遺症の逸失利益
交通事故でケガをして治療を受けたが,症状が残ってしまい,将来にわたって回復が見込めず,従前通りには働けないという場合の損害が後遺症逸失利益です。
賠償を受けられる後遺障害と認められるためには,事故とそのケガの症状との間に因果関係があり,かつ,後遺障害の存在が医学的に説明できること,そして,その後遺症状により労働能力の喪失・低下を伴うものであることなどが要求されます。これらの要件を充足していることを,医師の意見書等を使って直接裁判で立証していくこともできますが,一般的には,自賠責保険の後遺障害等級認定手続を先に行い,その認定結果を利用して逸失利益の賠償請求をするのが一般的です。
自賠責保険の後遺障害等級は,最も重い第1級から最も軽い第14級まで14段階に分けられています。そして,この後遺障害等級に応じて労働能力喪失率(どの程度の割合で労働能力が失われてしまったのかを表す数字)が定められています。第1級から第3級までは100%,最も軽い第14級が5%とされています。
後遺症逸失利益は,この労働能力喪失率も使って,次のような計算式で求められます。

後遺症逸失利益 = 基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

労働能力喪失期間は,原則として67歳まで働けるという前提で計算することになっています。例えば,後遺障害が残った時に50歳だったというケースでは,労働能力喪失期間は17年間ということになります。既に67歳を超えている方や,高齢で症状固定時の年齢から67歳までの年数が簡易生命表による平均余命の2分の1より短くなる方の場合には,平均余命の2分の1の期間を労働能力喪失期間とします。例えば平成26年の症状固定時に56歳だったという男性の場合,67歳までの期間は11年ですが,平成26年簡易生命表による56歳男子の平均余命は26.80年とされており,その2分の1は13.4年で67歳までの11年よりも長いので,労働能力喪失期間は13年として計算します。

② 死亡による逸失利益
交通事故によって被害者が亡くなられた場合にも,存命していれば収入を得られたはずですので,その減収分を逸失利益として請求することができます。他方で,被害者が存命していれば,その分の生活費が必要になってきますので,最低限の生活費については控除されることになります。
家族の中でどのような立場の人が亡くなったかにより,生活費控除率が変わってきます。例えば,独身男性の場合には,生活費を比較的よく使うと想定されていて,生活費の控除率は50%と高めになっています。これに対し,被扶養者が2人以上いる一家の支柱としての立場にあった人の場合には30%とされています。
死亡による逸失利益は,この生活費控除率も使って,次のような計算式で求められます。

死亡による逸失利益 = 基礎収入×(1-生活費控除率)✕労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

❏ ライプニッツ係数と民法改正
ライプニッツ係数というのは中間利息を控除する係数です。後遺症逸失利益は,将来にわたる減収を一時金として受領するものであるため,中間利息を控除した金額を積算する必要があります。この計算に用いる係数にはいくつかあるのですが,年5%の法定利率で期末払い,複利運用するものとして中間利息を控除するライプニッツ係数を用いるのが現在の実務では一般的です。
ところで,年5%という法定利率の水準については,実態と乖離しているという批判が以前からありました。平成29年5月26日に国会で可決された改正民法では,法定利率は当初は年3%とされることになっています。このため,後遺症逸失利益などの計算に用いられるライプニッツ係数にも,今後,影響が出てくることになります。

9)慰謝料
交通事故の被害者が加害者に対して請求できる慰謝料には,入通院慰謝料(障害慰謝料),後遺症慰謝料,死亡慰謝料があります。

① 入通院慰謝料
入通院慰謝料は,交通事故の被害に遭い,ケガをして入・通院を強いられることにより被害者が被る肉体的・精神的な苦痛に対して支払われる金銭です。本来,慰謝料を算定するには様々な要素を考慮することができるはずなのですが(例えば,加害者側の不誠実な態度,謝罪の有無など),毎日無数に発生する事故の賠償額にばらつきが生じるのは好ましくないということで,交通事故の賠償額は定額化される傾向にあります。入通院慰謝料についても同様で,基本的には入通院期間を基礎として算定されることになっています。
日弁連交通事故相談センター東京支部の「赤本」でも,この入通院慰謝料の基準を表にしています。ネットでも検索できると思いますので,興味のある方は探してみてください。

② 後遺症慰謝料
後遺症の程度によって慰謝料の額が変わります。先ほどの「赤本」では,第1級の後遺障害については2800万円,最も軽度の第14級については110万円を基準としています。

③ 死亡慰謝料
交通事故の被害に遭った方が亡くなられた場合の慰謝料は,亡くなった被害者本人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料と,被害者の死亡によりその近親者が受けた精神的苦痛に対する慰謝料(近親者固有の慰謝料)とに理屈の上では分けることができます。ただ,ここでも交通事故による損害賠償額を定額化する要請から,死亡慰謝料として支払われる金額の総額については,近親者の数などによって変わらないよう調整が行われているのが実際です(次にご紹介する赤本の基準額についても,「死亡慰謝料の総額であり,民法711条所定の者とそれに準ずる者の分も含まれている」との注が付されています)。
死亡慰謝料の総額は,亡くなられた被害者が家族の中でどのような地位にあったかによって変わってきます。赤本では,一家の支柱であれば2800万円,母親や配偶者であれば2500万円,その他の方(独身,子ども・幼児等)であれば2000万円から2500万円を基準としています。

2017年12月17日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : 事務局

交通事故と損害賠償請求

 交通事故に関する損害賠償請求の法的根拠

 交通事故の被害に遭った場合には,加害者に対して,民事上の責任追求として損害賠償の請求をすることができます。この交通事故の加害者が負う民事上の賠償責任の法的根拠としては,大別すると「不法行為責任」と「運行供用者責任」の2つがあります。

♦ 不法行為責任
 「不法行為責任」とは,故意または過失によって他人の権利や法的に保護される利益を侵害した者に対して課される責任です。民法第709条がこの不法行為責任を定めています。

民法第709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

 交通事故も他人の生命・身体,財産といった法的に保護される利益を損なう行為ですから不法行為となり,加害者は,この規定に基づいて損害賠償責任を負うことになります。
 また,民法は,業務の執行中に従業員が第三者に損害を与えた場合には,その使用者も損害賠償の責任を負うと定めています(第715条 使用者責任)。さらに,未成年者であったり,精神障害があるなどして自らは法的責任を負わない者(=責任無能力者)が加害者となった場合について,その責任無能力者の監督義務者が損害賠償の責任を負う場合があるとしています(第714条 監督義務者の責任)。使用者責任も監督義務者の責任も,責任の性質としては不法行為責任の一種ということになります。
 これら不法行為に基づく損害賠償責任を追求するには,加害者に故意または過失があったことを立証する必要があります(使用者責任の場合には,従業員に故意・過失があったことを立証しなければなりませんし,監督義務者の責任の場合には,監督義務者が監督義務を尽くしていなかったことを立証しなければなりません)。交通事故の場合,加害者の過失の立証は,ケースによっては非常に難しいことがあります。

♦ 運行供用者責任
 交通事故のうち,人身事故の場合には,民法の不法行為責任とは別に「自動車損害賠償保障法」(自賠法)という特別法によって定められた「運行供用者責任」を追求することによって加害者に損害の賠償を求めることが通例です。

自動車損害賠償保障法 第3条
「自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし,自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと,被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは,この限りでない。」

不法行為責任と運行供用者責任の違い
 この自賠法の「運行供用者責任」と民法の「不法行為責任」の違いは,おもに3つあります。

立証の負担の軽減
 まず,運行供用者責任は,不法行為責任と比べると,事故の被害者側の立証の負担が軽減されています。
不法行為責任については,すでに説明したように,事故の加害者に過失があったことを被害者側が立証しなければなりません。これに対し,運行供用者責任の場合は,被害者救済の観点から,被害者側で加害者の過失を立証する必要はなく,逆に,賠償責任を免れようとする加害者の側で,過失がなかったことを立証しなければならないとされています。

賠償責任を負担する者の範囲
 2つめの違いは,運行供用者責任は,不法行為責任と比べると,賠償責任を負担する者の範囲が拡大されていることです。
不法行為責任の場合は,(使用者責任や監督義務者の責任を追求できる場合などの例外を除いては)事故を起こした加害者本人だけが責任を負担することになります。
これに対し,運行供用者責任の場合には,「自己のために自動車の運行の用に供する者」(=運行供用者)が責任を負担することになっています。この運行供用者とは,わかりやすく言うと,事故を起こした自動車の運行をコントロールできる立場にあって,その自動車を運行させることによって利益を得ている人を指します。自動車の所有者,自動車を人に貸した人,レンタカーの貸主,盗難車で所有者に過失がある場合,子ども名義にしているがガソリン代や保険料は親が負担している場合などが運行供用者にあたります。

自賠責保険による賠償
 運行供用者のうち,自賠法第1条3号の「保有者」に該当する者についての運行供用者責任が生じる場合には,この加害車両にかけられた自賠責保険から保険金の支払いが行われます。運行供用者責任が自賠責保険と連動することにより,事故の加害者に賠償金を支払う資力がない場合であっても,自賠責保険による最低限の保障が行われることになります。
 ※ 加害車両が自賠責保険に加入していなかった場合(無保険車)については,政府の保障事業により,自賠責保険と同様の保障があります(自賠法第72条1項)。

《設例》
子どもが,自宅前の道路で遊んでいたところ,トラックへの荷積み作業をしていたフォークリフトにぶつけられてしまい,後遺症が残るようなケガをしてしまいました。フォークリフトを運転していたのは自営で倉庫業をしている年配の方で,賠償金を支払うだけの資力がないと言っています。フォークリフトにはナンバー・プレートはつけられておらず,自賠責保険にも加入していなかったようです。何か賠償を受ける方法はないでしょうか。
 

もっぱら構内作業に使い,公道を走行することを予定していないフォークリフトについては,ナンバー・プレートがなく,自賠責保険にも入っていないということがあります(構内でのみ使用するフォークリフトについては,自賠責保険への加入は強制されていません)。しかし,フォークリフトは「自動車」であり,その運行によって事故が起きているのですから,本来であればその保有者に運行供用者責任が生じ,自賠責保険によって最低限の保障が受けられたはずです。自賠責保険への加入がなく無保険車であったということであれば,政府の保障事業によって保障を受けることになります。

2017年12月17日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : 事務局

交通事故の弁護士費用を加害者に請求したい。弁護士特約とは?

交通事故の被害について弁護士に依頼をしたいと考えているが,弁護士費用を加害者に請求することはできないのでしょうか?
また,「弁護士特約」という言葉を最近よく耳にしますが,どういう仕組みなのでしょうか?

弁護士費用を加害者に請求することの可否

交通事故によって被った損害の賠償を交渉で求めていく場合,任意保険会社が弁護士費用まで含めて支払いに応じてくることはほとんどありません。

損害賠償請求の裁判を起こす場合には,弁護士費用を加えた請求を行うことが可能です。
弁護士との間で結んでいる報酬契約に基づく金額を損害額に加算して請求することになりますが,裁判所は,報酬契約で決められた金額の通りには弁護士費用を損害として認定してくれません。
賠償額にもよりますが,勝訴額の1割程度を認定している裁判例が多いようです。
また,裁判の途中で和解で解決をする場合には,弁護士費用が含まれないこともありますし,含めても判決の場合よりも低い割合になることが多いかと思います。

「弁護士特約」とは?

交通事故の被害に遭った際,加害者との間の交渉がうまく行かず,弁護士に委任をせざるを得なくなったとき,弁護士費用を保険会社が支払うという特約を「弁護士特約」と言います。
任意保険に付帯されている特約(オプション)で,ほとんどの保険会社で商品化されています。

弁護士特約には費用の支払限度額が設定されていますが,300万円までという設定になっている商品が多いようです。
賠償額が数千万円になるようなケースを除けば,十分に弁護士費用をまかなうことができる内容になっています。
また,これは保険会社によって違ってくるのですが,自動車事故による被害以外もカバーするものや(借地借家,離婚,遺産分割といった一般民事・家事事件に関する弁護士費用までカバーする商品も登場しています。),1つの契約で家族の車での事故までカバーするものなどもあります。

弁護士特約付の保険商品の契約件数は,2014 年度には約2200 万件に達しているということですから,皆さんが加入している保険にも,この特約が付保されているかもしれません。
一度,確認してみるとよいでしょう。

この特約を利用すると保険料の等級が引き下げられ,翌年の保険料が高くなってしまうという誤解をしている人も多いようです。
しかし,実際には,特約を利用してもノーカウントとされているため,翌年の保険料が高くなるということはありません。
特約を付けた自動車保険に入っていて交通事故の被害に遭ったという場合には,この特約を積極的に活用すべきでしょう。

事故被害に遭った時に心強い弁護士特約ですが,この特約を利用するには,「保険会社の事前の承認(同意)」が必要とされています。
被害者が依頼をした弁護士と保険会社との間で費用の支払いをめぐるトラブルを防ぐ趣旨で設けられている要件です。
ただ,この要件があることが,弁護士特約を利用しずらくしている面があるとの指摘もあります。
保険会社の対応も変化してきているようなので,ともかくまず連絡を入れてこの特約の利用について相談をしてみてはいかがでしょうか。

2017年11月7日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

交通事故後、保険会社から治療費の支払いを打ち切ると言われた

追突事故の被害に遭い,頸椎捻挫の治療のため,整形外科への通院を続けています。
治療費は,これまでは加害者が加入していた損害保険会社が病院に直接支払ってくれていました。
しかし,事故から3ヵ月が経過して,保険会社の担当者から,「この程度のケガであれば3ヵ月の治療で十分なはずなので,今月末で治療費の支払いを打ち切ります」と言われてしまいました。どのように対応すればよいのでしょうか。

治療費の打ち切りへの対処法

治療費の打ち切りはなぜ起きるのか

交通事故でケガをして医療機関で治療を受ける場合,その治療費の支払い方法については,とりあえず被害者自身がこれを支払っておいて,後から自賠責保険に被害者請求をして回収したり,加害者が加入している保険会社(任意保険会社)に請求をして支払いを受けるということももちろんできます。
しかし,一般的には,加害者が加入している保険会社(任意保険会社)が窓口となり,その保険会社から医療機関に直接支払いをするという処理が行われています。
支払いをした任意保険会社は,自賠責保険でカバーされる補償範囲については,後から被害者に代わって自賠責保険に求償し,自社の負担額を最小限に抑えようとします。

自賠責保険でカバーされる補償範囲は,後遺症がない場合は120万円でしかありません。
治療期間が長引いて治療費がかさんでくると,この120万円の範囲ではトータルの損害額が収まらなくなる可能性が出てくるため,自社の負担をなるだけ抑えたい任意保険会社が医療機関への治療費の支払いを打ち切ろうとすることがあるのです。

治療費の打ち切りを通告されたら

治療をまだ続ける必要があるかどうかは基本的には治療にあたっている医師が判断すべき事柄です。
したがって,任意保険会社から治療費を打ち切ると言われたら,まずは主治医に治療を続ける必要性についての判断を確認しておく必要があります。

  • 症状の改善が見込まれる場合
    主治医が治療を続けることにより症状が今より改善する見込みがあると判断しているのであれば,保険会社にそのことを伝え,治療費の支払いを継続するよう要請してみることになります。
    その際,具体的な治療見通し(あとどのくらい治療に時間がかかるか)を主治医から保険会社に直接説明してもらうことが望ましいでしょう。主治医の意見を伝えても保険会社が治療費打ち切りの方針を変えてくれない場合は,治療を続けるには治療費をいったん立て替えて支払うほかありません。
    この場合,自由診療で治療を続けてしまうと治療費が高額になるため,健康保険を使って通院を続ける方がよいでしょう。立て替え負担した症状固定までの治療費については,後日,任意保険会社に請求することになりますが,必要な治療であったかを保険会社が争ってくると,最終的には裁判で決着をつけなければならなくなることもあります。
    施術を受けたことにより治療効果があがっているということをきちんと説明できるかが治療費の支払いを受けるためのポイントになります。
  • 治療を続けても症状の改善が見込まれない場合
    治療費の打ち切りを通告された時点で主治医の先生もこれ以上治療を続けても症状の改善が見込めないと判断している場合には,後遺障害診断書を主治医に作成してもらい,後遺障害の認定手続を行うことになります。
    交通事故で負った傷害がこれ以上治療をしても良くならない状態を「症状固定」と言うのですが,この症状固定日以降に治療を続けても,原則としてその治療費は被害者の自己負担となってしまい,加害者に請求することはできないので注意が必要です。
2017年11月7日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

交通事故の加害者側の保険会社からの賠償額に不満がある場合

交通事故で負傷したケガの治療を終えたところ,加害者が加入していた任意保険の会社から賠償額の提示を受けました。 提示された金額が適切なものであるのか,よくわかりません。 これを受け入れて示談に応じるほかないのでしょうか? 金額に不満があったら,どうすればよいのでしょうか?

任意保険会社からの賠償額の提示

3つの支払基準:「自賠責基準」「任意保険基準」「裁判基準」

交通事故による被害を補填するための自動車保険には,「自賠責保険」と「任意保険」とがあります。

「自賠責保険」は,自動車損害賠償保障法という法律によってすべての自動車に加入が義務づけられている強制保険です。交通事故の被害者保護のための最低限度の保障を目的としているため,補償範囲は限定的です。物損については対象としていませんし,人身損害(死亡,負傷による損害)についても,支払額には上限が設けられています。死亡による損害は3000万円,後遺症を除くケガの保障は120万円,後遺症については障害等級に応じた金額が定められています(第1級3000万円~第14級75万円。なお,神経系統・精神・胸腹部臓器に著しい障害を残して介護が必要な場合については,第1級(常時介護)が4000万円,第2級(随時介護)が3000万円)。

自賠責保険によっては損害を補てんできないときに対応するための自動車保険として商品化されているのが「任意保険」です。このうち,人身損害を補てんするための商品を対人賠償保険と言います。
この任意保険の支払基準については,各損害保険会社が独自の支払基準を決めています。法律で金額が決められている自賠責保険とは異なり,その内容は一般には明らかにされていません。それぞれの損害保険会社が独自の支払基準を決めています。
質問の中で保険会社から示された賠償額というのは,任意保険会社が独自に決めた支払基準に基づいて積算されたものということになります。

これに対して,交通事故の民事損害賠償事件に関する過去の裁判例によって示された賠償額の支払基準を一般的に「裁判基準」と言います。「裁判基準」と言っても,裁判所がこの基準を公表している訳ではありません。交通事故に関する裁判例を調査・研究し,それを踏まえた賠償基準を示している書籍(「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」[日弁連交通事故相談センター東京支部])があり,この書籍に示された賠償基準を一般的には「裁判基準」と言っています。3つの基準の中では,「裁判基準」が最も賠償額を高く設定しています。

任意保険会社の提示額を見直させる方法

任意保険会社が提案してくる賠償額は,特殊なケースを除けば,「任意保険基準」によって積算されたものになります。したがって,「裁判基準」を使って積算した場合と比べると低額の提示にとどまっていることが多い,ということになります。任意保険会社も営利企業であるため,保険金支払い額をできるだけ抑制しようとしてこのような対応をしてくるのが一般的なのです。

それでは,任意保険会社の提案額をどうすれば見直してもらえるのでしょうか。
お金をかけずに見直しを求めるということになると,ア)自分で保険会社と交渉するか,イ)「公益財団法人交通事故紛争処理センター」に和解あっせんの申し立てをするということが考えられます。

  • 被害者ご自身での交渉
    自分で保険会社と交渉するためには,まず,裁判基準で積算した場合に具体的にどのくらいの賠償額の支払いを受けられる可能性があるのかを知っておく必要があります。
    書籍やネットを使って自分で調べることも不可能ではありませんが,交通事故に関しては各地の弁護士会,自治体で無料の法律相談を行っていますので,そちらで計算をしてもらうとよいでしょう(もっとも,限られた時間の相談では,正確なアドバイスを受けられないこともありますのでご注意ください)。
    ただ,裁判基準ではこうなるはずだと保険会社の担当者に指摘をしてみても,指摘した金額で示談に応じてもらえるとは限りません。
    話し合いで解決を図る場合には裁判基準満額での支払いには応じることはできない,といった対応をされてしまうことも多いのではないかと思います。この場合は,弁護士への委任や第三者機関への申し立てを検討せざるを得ないでしょう。
  • 交通事故紛争処理センターの利用
    交通事故紛争処理センターの和解あっせん手続は,交通事故の被害者であれば誰でも簡単に利用することができます。
    電話で予約をし,指示された資料をもってセンターに行けば,担当弁護士からアドバイスを受けることができ,あっせんが必要と判断されれば,保険会社の担当者を呼び出して裁判基準による賠償額の調整をしてもらうことができます。
    また,保険会社があっせんに応じない場合には,審査という手続で賠償額を決めてもらうこともできます。
    “無料”で利用できる非常に使い勝手のよいADR(裁判外紛争解決手続)です(手前味噌ですが,私も交通事故紛争処理センターさいたま相談室の嘱託弁護士を務めています)。交通事故紛争処理センターのHP

    ただ,事故状況や損害の内容についての当事者の主張の隔たりが大きく,紛争処理の前提としての事実の把握が困難な事例であるとか,適切な賠償額を決めるためには医学的判断が前提となってくる事例等については,交通事故紛争処理センターのあっせん手続では解決が図れないということがあります。
    また,交通事故紛争処理センターでは裁判基準を用いた解決を図りますが,遅延損害金や弁護士費用(代理人を就けて申し立てをした場合)も含めて賠償額として認めてもらうことは一般的には困難です。

弁護士への依頼

自分で交渉することはできないし,紛争処理センターに行くことも難しいという場合には,やはり弁護士に事件を依頼することになると思います。
保険会社が提示している金額と裁判基準に基づいた賠償額とを比べると倍以上になるということも珍しいことではありません。
保険会社からの提示額に少しでも疑問を感じたら,まずは弁護士に相談してみることをお勧めします。

2017年11月7日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai