〔lawyer’ blog〕✍ 「夏空」と子育て

暦は9月になりました。夏休みの間,事務所の前にある公園の広場はたくさんの子どもたちで賑わっていましたが,それも昨日で終わり。今日から2学期が始まりました。ようやく騒々しさが治まるなとほっとする反面,ちょっと淋しい気もします。

夏の終わりとともに,朝ドラ『夏空』も残すところあと1ヶ月になりました。ここのところ,なつと一久さんとの間に生まれた優ちゃんの愛くるしさに毎日癒やされているのですが,それと同時に,なつらが子どもの預け先を探すのに苦労する姿を見ていて,昭和のあの時代に“共働き”で子育てをすることの大変さに思いを馳せていました。

私も“共働き”の家庭で育てられ,子どもの頃は本当に色々なところに預けられ,色々な人たちに可愛がってもらいました。3歳までは借家から10分少々のところで子どもを預かってくれる一般家庭に預けられました。4歳からは母の勤務先(ろう学校でした。)の近くの幼稚園に入ったのですが,幼稚園は早く終わってしまうので,その後は母の仕事が終わるまで学校の用務員さんの部屋に預けられました。「保育園」には小学校にあがる直前の半年間だけ,0歳の妹と一緒に通いました。乳児保育はまだ珍しい時代でした。小学校にあがってからの最初の2年間は“鍵っ子”の生活でした。団地の上の階で活版印刷の内職をしていたおばさんのところに行き,よくおやつをもらいました。当時,私が住んでいたK市にはまだ学童保育がありませんでした。学童保育を作るよう市と交渉した母から,当時のK市長が「あなたたちはホトトギスか」なんてトンデモ発言をして,それでお母さんたちの運動に一気に火がついたなんてエピソードを聞かされたことがあります。そうやってようやくできた学童保育に3・4年生の時は入りました(が,正直,あまり面白いところではありませんでした)。

そんな時代からもう半世紀。でも,働くママさん(パパも)たちの子育ての環境には相変わらずの部分も多いようです。“保育園落ちた 日本死ね”って,一体,いつの時代の話しだよってことですよね。この国では,現代の働くママさん,パパさんは,なつと一久さんと同様,いつまでも戦わなければならないみたいです。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 本所,向島界わい

先週,相続財産管理人としてもう3年以上も管理を続けているマンションの賃借人が退室したということで,物件の状態を確認しておこうと現地に行ってきました。墨田区向島にある古いマンションの一室が管理している物件。半蔵門線の押上駅近くにある不動産屋に鍵を預けているので,まず,都営浅草線の本所吾妻橋駅で降りて,浅草通りを東にこのお店に向かいました。

途中,通りの右手に幟が立ったビルの姿が目に入りました。江戸初期に創建された「春慶寺」という日蓮宗のお寺。池波正太郎の「鬼平犯科帳」の中で,鬼平の剣友,岸井左馬之助の寄宿先として何度か登場するお寺が,今では5階建てのビルに姿を変えているのでした。

不動産屋で鍵を受け取り,マンションがある向島に向かいます。地図で下調べをすると1km少々だったので徒歩でも楽勝と考えていたのですが,当日は40度近い大変な猛暑。日射しを遮る街路樹もなく,スカイツリーラインの踏切を渡ったあたりから意識が朦朧としてきました。吹き出してくる汗を拭いながら都立本所高等学校の前を通りかかると,歩道に案内板が立っています。森鴎外旧居跡の案内板。10歳の時に父とともに津和野から上京した鴎外は,東向島のこの地にあった家から東京医学校予科(現在の東大医学部)に通っていたのだそうです。

本所・向島界わい,ぶらりと散歩をするにはとても楽しそう。でも,この炎天下に3kmも歩いたのは大失敗で,翌日,体調を崩してしまいました。この暑さ,しばらく続くようです。皆さまもどうぞご自愛ください。

〔lawyer’ blog〕✍ Shipbuilding

NHK-BSプレミアムの「the Covers」を見ました。毎週月曜日の深夜に放送されていたこの番組,最終金曜日の深夜,月1回の放送になってしまってからは,見逃してしまうこともあるのですが,日曜夜の「関ジャム完全燃SHOW」とともに楽しみにしている音楽番組です。今回のゲストは,ミュージカル界のプリンス,井上芳雄さん。私はミュージカルには関心がなく,あまり期待せずに見ていたのですが,いや凄かった。歌詞が前に飛び出してくるというか,言葉の輪郭がはっきりしているというか,ともかく説得力のある歌い方なのです。椎名林檎の「人生は夢だらけ」,松田聖子の「瑠璃色の地球」も良かったと思いますが,個人的には斉藤和義の「歌うたいのバラッド」が最高でした。井上さんの歌,ぜひ生で聴いてみたいものです。

番組の中で,MCのリリー・フランキーさんが,松本隆が書いた「瑠璃色の地球」の歌詞について,反戦のメッセージもこめられているといったコメントをしていました。
“争って傷つけあったり 人は弱いものね”
“一つしかない 私たちの星を守りたい”
良い歌だとは思っていましたが,改めてこう歌詞を追っていくと,確かに,平和への祈り,反戦,そんなメッセージもこめられているのかも知れません。

反戦歌というと,古いところではピート・シーガ-の“Where have all the flowers gone?”,ジョン・レノンの“Imagine”,新しいところだとR.E.Mの“Orange Crush”あたりが浮かんできますが(もう10年以上前の曲になるのか…。),エルビス・コステロの“Shipbuilding”も名曲です。サッチャー政権下で起きたフォークランド紛争に抗議して作られた曲。造船所で働く労働者たちが,操業の再開が何を意味するのか,何をもたらすのかを考えながらも,工場で働くしかないという内容。チェット・ベーカーの哀愁を帯びたトランペットをバックにコステロ自身が歌う元歌も素敵ですが,ロバート・ワイアットがカバーしたヴァージョンが何と言っても素晴らしい。

Is it worth it?
A new winter coat and shoes for the wife
And a bicycle on the boy’s birthday
It’s just a rumor that was spread around town
By the women and children
Soon we’ll be shipbuilding…
Well I ask you
The boy said “Dad they’re going to take me to task, but I’ll be back by Christmas”
It’s just a rumor that was spread around town

Somebody said that someone got filled in
For saying that people get killed in
The result of this shipbuilding
With all the will in the world

Diving for dear life
When we could be diving for pearls
It’s just a rumor that was spread around town
A telegram or a picture postcard
Within weeks they’ll be re-opening the shipyards
And notifying the next of kin
Once again
It’s all we’re skilled in
We will be shipbuilding…

自衛隊の艦船がイランのホルムズ海峡に向かう… そんなシーンが決して起こりませんように。

〔lawyer’ blog〕✍ 東京法務局渋谷出張所

知らない間に取締役辞任登記がされてしまっていたという依頼者からの相談を受け,その登記手続がされた時に法務局に提出された書類を確認しに渋谷の法務局に行ってきました。“登記簿の附属書類の閲覧について利害関係を有する者は,手数料を納付して,その閲覧を請求することができる”という商業登記法第11条の2の規定を使って閲覧を求めたのですが,閲覧が認められるのは利害関係がある部分に限られます。今回の事案で言えば,取締役の辞任届,取締役辞任が株主総会の議案になっていればその株主総会の議事録ということになるのですが,閲覧をする机のすぐ向かいには執務中の登記官がでんと座っていて,私が他の部分まで記録を広げていないか目を光らせています。こちらも,他の箇所まで見るつもりは全くないのですが,何しろ厚紙を背表紙にしてきつく紐で綴じられた20cm近くの厚さがあるファイルのなかから,閲覧が認められた頁だけをぎゅっと広げて写真に撮るということは一人では簡単にはできません。業者さんであれば,カメラを下向きに固定する三脚を使って撮影するところなのだと思いますが,そんな道具の持ち合わせはなく,しかも,スマホのカメラで撮ろうというのですから,文字どおり「四苦八苦」しました。うつむいた登記官が笑いをこらえているようにみえたのは私の気のせいだったのか…(笑)

何とか作業を終えて法務局の外に出ると,赤レンガの塀の脇に観音様の像がすっくと立っているのが目に入りました。碑を見ると「二・二六事件慰霊像」とあります。ネットで調べてみると,かつてこの場所には陸軍刑務所があり,2.26事件を首謀した青年将校たちがここで処刑されたのだそうです。処刑された首謀者らだけでなく,事件の犠牲者の霊も一緒に鎮めるために建てられたとのこと。この国らしい扱いでしょうか。軍部が発言力を強め,あの戦争へとつながっていくきっかけとなった事件にちなんだ場所が渋谷,それも私の元勤務先の道を挟んで反対側にあったとは知りませんでした。

 

〔lawyer’ blog〕✍ いわき,薄磯海岸

3年前から参加している原発避難者訴訟,先行する第1陣訴訟は,現在,仙台高裁で控訴審の証拠調べ手続が集中的に行われており,年度内に結審,そして判決と急ピッチで手続が進められています。私が主に担当している第3陣訴訟は,まだ1審で主張のやり取りをしている段階。2か月に1度,福島地裁いわき支部に通っています。

先日,裁判所での手続を終えた後,日没まで少し時間がありそうだったので,舞子浜,薄磯海岸から塩屋埼灯台へ続く海岸通りを車で巡ってきました。塩屋埼灯台は,灯台守の苦労を歌った「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台,そして,美空ひばりの「みだれ髪」にも登場する名所ですが,灯台の北側に広がる薄磯(うすいそ)海岸は,地元でこそ有名な海水浴場のようですが,世間的にはあまり知られていない場所だと思います。くるりの「ばらの花」のPVが撮影されたのがこの海岸と知ってから,一度行ってみたいと思っていました。どんよりとした雲がたれこめた冬の海岸で,くるりのメンバー3人(当時)が手を風よけにしながらライターの火を付けようとするシーンが印象的なPV。季節は正反対ですが,同じような曇天でした。

薄磯海岸の一帯は3.11の津波に襲われました。薄磯地区で125人の命が奪われたのだそうです。現在は,嵩上げされた防潮堤,さらに道路をはさんで防災緑地も整備されています。しかし,再建された人家はあまり見当たりません。

震災前とは大きく姿を変え,まだ復興途上の薄磯地区。くるりは,震災後,再びこの薄磯海岸を舞台にPVを撮っています。「ばらの花」と比べるとだいぶ難解な歌詞の「glory days」。どんな想いが込められているのか,改めてカーステレオでCDを鳴らしながら,薄暗くなった海岸を後にしました。

〔lawyer’ blog〕✍ 「秘密の森」

早いもので6月に入りました。朝ドラ『夏空』も3分の1をもう終えたことになります。『ゲゲゲの女房』あたりから朝の日課となっている朝ドラ視聴ですが,今回の『夏空』については,北海道編が終わったあたりから関心が薄れがち。泰樹役を演じる草刈正雄の存在感がともかく半端なかったので,東京編になってからの泰樹ロスが影響している感じです。貫地谷しおり,“まゆゆ”,井浦新といった新しい登場人物が加わり,ストーリーはどう展開していくのか…。

ドラマで今ハマっているのは『秘密の森』です。『宮廷女官チャングム』から始まって,『イ・サン』『トンイ』『馬医』『オクニョ』『朱蒙(チュモン)』『ホジュン』『スベクヒャン』など韓流歴史ドラマは数々みてきましたが,これまで現代ものには手を出していませんでした。晩ごはんの時間にたまたまLalaTVをつけていたら,『馬医』のチョ・スンウと,是枝監督の『空気人形』でラブドール役を演じたぺ・ドゥナが出ているこのドラマの第1回が始まったところで,そのまますっかりひきこまれてしまいました。検察官役のスンウと刑事役のドゥナの二人が殺人事件の真相を追っていくと,その背後に検察,警察幹部が絡んだ汚職事件の組織的な隠ぺい,財界トップによる巨額脱税工作という深い闇が潜んでいるというなかなか複雑なストーリー。歴史ものだと字幕を追っていればだいたい話についていけるのですが,現代ものはセリフの言葉数が多く,会話のテンポも速いので,字幕だと情報がただでさえ不足気味。それに加えて,『秘密の森』の場合,刑事手続の専門用語が中途半端に訳されていたりもするので,字幕だけではとてもストーリーを消化できません。ドラマのあら筋を紹介している記事をネットで探して復習し,何とか落ちこぼれずにきました。でも,ハングル,ちょっと勉強しておけばよかった。『秘密の森』,月曜日に最終回を迎えるのですが,どんな結末が待ち受けているのか楽しみです。

〔lawyer’ blog〕✍ サラメシ・その5 「チキンカツ・カレー」

久しぶりの“サラメシ”。嘱託の仕事をしている交通事故紛争処理センターさいたま相談室に車で向かう途中,旧中山道沿いにある洋食屋さんでランチを食べました。ご主人は相当なお年。80近くにみえますがとてもお元気。奥様,二人の息子さんと家族4人で頑張っている昔ながらの洋食屋さんです。何を食べようか迷ったのですが,悪天候を吹き飛ばしてガッツリいきたい気分だったので,チキンカツ・カレーをチョイス。健康を考えてミニサラダも付けました(サラダは先に出されたので,かなり食べてしまいました)。1080円はランチの予算オーバーですが,たまのプチ贅沢です。

最近,このホーム・ページの記事の中で,“サラメシ”のブログ記事へのアクセス数が急増しています。なぜそうなっているのか理由は全くわからないのですが,もしかすると,本家,NHKの「サラメシ」で,2か月余り前,こんなお仕事をされている方の“サラメシ”が紹介されたことと関係があるのかもしれない?? 色々な職業の皆さんが,どこで,どんなランチをとっているのか,役に立つような内容はまったくないのですが(言い過ぎか〔笑〕),ひと様がランチをとる様子を目にすることなど滅多にないので,この番組,ついつい見入ってしまいます。

〔lawyer’ blog〕✍ 「鶴見俊輔伝」

天皇の代替わり,改元でこれだけの騒ぎになるとは想像していませんでした。確かに,誰と会っても,何を見ても,「あっ,そう」と無機質な言葉しか発しなかった昭和天皇と比べると,平成の天皇,皇后には,国民に親しく寄り添おうという姿勢が感じられましたし, 平和や災害についての発言や行動にも好感を持てるところがありました。でも,天皇について「好感」を超えて「尊敬」という感情まで持つ国民が増えているという世論調査の結果には,時代が逆戻りしてしまわないか,ちょっと心配になったりもします。

そんな改元をめぐる騒動で印象が薄くなった観のある憲法記念日に,黒川創の「鶴見俊輔伝」を読了しました。数カ月前に手にしていながら,500頁を超すボリュームに怯んでしまい,なかなかページをめくれずにいたのですが,これが読み始めてみると本当に面白かった。私は1963年生まれなので,「声なき声の会」や「ベ平連」のことはリアルタイムではもちろん知りません。彼の著作も“転向”研究の代表作「戦時期日本の精神史」を読んだことがある程度でした。ですから,彼の祖父が関東大震災の後に内務大臣として“帝都東京”の復興計画を立案した政治家,後藤新平であることもこの本で初めて知りましたし,丸山眞男,都留重人,桑原武夫,高畠通敏らと鶴見の交流についても,事前の知識がほとんどなく,なるほどそういう繋がりがあったのかと驚くことばかりでした。一人の人物評伝を読んだというより,戦中から戦後にかけてのリベラル思想の系譜を,豊富な,そして面白いエピソードとともに教えてもらったなぁという印象です。好著でした!

《Staff blog》最後尾からあらためて

ご無沙汰しております。サイクリスト事務員です。

平成31年4月7日、伊豆修善寺の日本CSCで行われた、第44回チャレンジサイクルロードレースに出走してまいりました。

このレース、昔から日本アマチュア自転車競技連盟登録競技者になるための登竜門で、周回遅れで失格する選手が続出するハードなレースでしたが、今はさらにレベルアップされ、登録競技者が、全日本選手権出走をかけて戦うレースに進化していました。

私が出走したのは、B-50という50歳代のクラスで、日本CSC5kmサーキットを3周弱の14kmで競われるものでした。

21人出走で、JCF(日本自転車競技連盟)に登録している選手が11人もいました。スタートラインに並んで、こりゃ場違いだなと正直思いました。

たった14kmと思われるかもしれませんが、ロードバイクトレーニングをしていない普通の人がこのコース一周5kmを回るのに、40〜50分かかるという、おそろしく上り坂がキツイコースなのです。一番勾配がきついところでは,ほとんどの人が自転車から降りて押して上がっていますね。

このレースに向けて、3月中は必死に練習しました。周回遅れで失格になるのが嫌だったのです。

↑最近の練習場所は彩湖です。無茶な練習をしても、ただ疲労が蓄積されただけで、進歩はありませんでした。

こうして迎えたレースですが、50歳代なのにみなさん20歳代と思えるくらいに速かったです。あっという間に最後尾へ。周回遅れにならないように頑張りましたが、一周12分台をキープするのがやっとでした。トップの選手は一周9分台で回っています。

審判車(オートバイ)に失格と言われないかビクビクしながらなんとかゴール。先頭の選手がすぐ後ろまでくると,抜かれるまでもなく失格になります。最下位でしたが完走です。

でも、自分のやるべきことが見えてきました。目標を全日本選手権出走権がかかる登録クラスで走ることに置きたいと思います。

自分に縁のある若者が、若い頃の自分の夢だった全日本選手権(私が20歳代当時は、アマ車連主催の全日本選抜選手権。アマ車連は競輪選手も含まれる日本自転車競技連盟に合流してしまいました)出走を果たしてくれないかと思っていましたが、人任せでなく、自分の夢は自分で追うことにしようと思いました。全日本選手権出走は無理としても、全日本出走資格を得るトライアルレースの出走まではたどり着きたいです(´・∀・`)

〔lawyer’ blog〕✍ 自分が差出人になった宅配便

先週の木曜日のこと。自宅の郵便受けにクロネコヤマトの不在連絡票が入っていました。どこからの荷物かなと差出人をみると「野本夏生 様」となっています。はて? 最近,外出先から自宅に向けて荷物を送ったことなんかあったかなと考えてみたのですが見当がつきません。きっとドライバーさんが届け先と差出人とを間違えて連絡票に書いてしまったのだろうと思いながら再配達の手配をし,土曜日に荷物を受け取りました。裁縫箱を少し大きくしたようなハコ型の荷物。割れ物注意のシールが貼られています。差出人をみるとやはり「野本夏生」?? 自分の字よりもかなり上手な筆致で書かれています。うーん,なんだか気持ち悪い… 恐る恐る包装を解いていくと,中から出てきたのはこちら。京都市役所近く,寺町二条にあるお菓子屋さん,「村上開新堂」の箱詰めクッキーでした。

実は,昨年11月,洛東・毘沙門堂や嵐山の紅葉を見ようと妻と二人で京都を旅したのですが,その時,京都市役所近くのこのお店に行き,クッキーを注文していたのでした(字がきれいだったのは妻が書いたから)。京都の村上開新堂さんは,常連さんからの紹介がないと買うことができない東京・千代田区一番町の同じ名前のお店とは違い,マドレーヌやダックワース,名物のロシアケーキといった焼き菓子であればその場で買うことができます(個数の制限はあったかも…)。ただ,クッキーだけは要予約となっていて,店頭で注文をして後日自宅に送ってもらうことはできるのですが(紹介がなくても大丈夫,注文できます。),家族経営の小さなお店でありながらたいへんな人気店ということで,お届け日は何と4か月先になってしまうのです。そんなこともあって,自宅用にこれを注文していたことが頭の中からすっかり抜け落ちていたという次第。でも,思いがけないお届け物ということで,ちょっと得をしたような気分にも(!?)。昨年の旅行のことを想い出しながら(河原町の喫茶店「フランソワ」にも行きました。),しばらくこのクッキーを楽しみたいと思います。