
Double Fantasy
12月8日。太平洋戦争の終戦の日。そして,私(より少し上)の世代にとっては“ジョン・レノンの命日”でしょうか。1980(昭和55)年12月8日,彼がダコタ・アパート前でマーク・チャップマンに射殺されたというニュースには本当に衝撃を受けました。当時,私は高校2年。この年に創刊された『写楽』という写真誌で新作アルバム制作中のジョンを篠山紀信が撮影した特集が組まれ(1981年1月号でしたが11月に発売),写楽のその号と新作「Double Fantasy」をやっと手にした直後のニュースでした。「Double Fantasy」の発売日は12月5日。事件後にレコード店に並べられたアルバムには“追悼盤”の帯がつけられていましたが,私が持っているのは最初に店に並んだものです(プレミアがつくのだろうか?)。

Solid State Surviver
1980年。大平正芳首相の急逝,山口百恵の引退コンサート・結婚,王選手の868号そして引退,埼玉では富士見産婦人科病院事件と印象的な出来事が多い年でしたが,音楽で流行ったのはYMOでした。ウォークマン(初代は1979年発売)で彼らのテクノサウンドを聴く若者が“増殖”しました。私が当時よく聴いていたのはフュージョン。ハービー・ハンコック,チック・コリア,国内ではKYLIN BANDなんかを聴いていました。KYLIN BANDに参加していた坂本龍一(“教授”)がYMOの結成に加わり,ライブ・ツアーにはKYLIN BANDから渡辺香津美,矢野顕子もサポートで入ったということもあって自然と聞くようになりました。YMOの活動を終えてポップ・ミュージックから離れてからも,「戦場のメリークリスマス」,「ラストエンペラー」などの映画音楽,「energy flow」(リゲインのCM曲)などのピアノ曲,モレンバウム夫妻とジョビンらのブラジル音楽に取り組んだMorelenbaum2 / Sakamoto(このユニットの最初のCD「CASA」は今でもお気に入り。)という具合に,教授の音楽はそう遠くないところでいつも鳴っていたという印象です。
その教授を追ったドキュメンタリー映画が現在公開されています。スティーブン・ノムラ・シブル監督の『Ryuichi Sakamoto: CODA』。中央労働委員会の調査期日が少し早く終わったので,有楽町の映画館で最終上映を見てきました。CODAは音楽用語で“最終楽章”の意味。2014年に中咽頭がんの治療のため休養していた教授なので,ちょっとドキッとさせられるタイトルです。東日本大震災で津波を被り,音がくるってしまったピアノを愛おしそうに弾く教授を写した予告編を見ていたので,震災以降の彼の姿を追った映画なのかと思っていたのですが,YMO時代のちょっと尖がったインタビューやライブ映像,映画音楽制作の裏話,環境問題や原発について積極的な発言を続ける理由など40年間の活動全般を追った内容になっていて興味深く見ることができました。
アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』に使われていたバッハのコラール(BWV639)のような作品を作ってみたいと楽しそうにピアノに向かう教授。私よりひと回り年上の65歳。どのような音をこれから紡いでいくのか,まだまだ気になる存在です。
