〔lawyer’ blog〕✍ 創立25周年記念コンペ

先日,役員を務めている「さいたま住宅生活協同組合」の創立25周年記念ゴルフコンペに参加してきました。組合員,協力業者,友好団体などから12組45名の参加をいただき,なかなか盛大なコンペになりました。創立25周年という節目のこの1年,色々な記念行事があったのですが,このゴルフコンペが最後の企画になります。

コンペがあったのは,低気圧が通過して“春の嵐”が吹き荒れた一日。1組目がスタートした時には大雨が降っていたのですが,30分後,私たちの組の順番になった時にはもう晴れて,山裾には虹がかかっていました。午前中は風も吹かず絶好のゴルフ日和,でも,スコアは大荒れ。午後に入ると予報通りに10mを超える強い風が吹きつけたのですが,私の調子はなぜか急に上向いて…。ボールは強風をものともせず真っ直ぐ飛び,久しぶりのバーディーまで取ることができました。言い訳ができる状況・条件にならないと力が出ない,つまりは実力がない,ということでしょうか(笑)。

主催者側の人間であることを忘れ,ドラコン賞を2つゲットしてしまいました。商品はこちら。ゴルフコンペの賞品で鉢植えの花は珍しい。参加賞も同じく鉢植えのシクラメン(?)だったので,事務所の中が一気に賑やかになりました。このまま春になってくれると良いのですが,明日からはまた冷え込むようです。本格的な春が待ち遠しいですね。

 

〔lawyer’ blog〕✍ サラメシ その3

火曜日,担当している国選の刑事事件の公判のため,久しぶりに越谷の裁判所(さいたま地裁越谷支部)に行ってきました。国選の刑事事件は,基本的には,事務所所在地を管轄している裁判所の案件だけが配点されます。私の場合,事務所は川口にあるので,普通は,さいたま地方裁判所本庁(浦和)の事件か,川口簡易裁判所の事件を担当することになります。ただ,浦和西警察署の裏にある埼玉県警察本部の留置センターには,本庁管轄外の警察が捜査を進めている事件の被疑者が身柄拘束されているということがたまにあり,こうした被疑者の国選弁護を被疑者段階から担当し,そして公判請求(起訴)されてしまうと,本庁以外の裁判所まで出かけて行かなければならなくなるのです。

越谷支部で国選の刑事事件を担当するのは弁護士22年目にして2度目のこと。渋滞にはまってしまってはいけないと少し早めに事務所を出たところ,法廷ではまだ前の事件の判決言い渡しが始まったところでした。万引きを何度も繰り返してしまっているお婆さんの窃盗事案。過去に何度も執行猶予の付いた判決を受けていて,今回も前回の判決の執行猶予期間がまだ切れていないのに400円余りの商品を万引きをしてしまったという事案のようでした。弁護人は認知症などによる刑事責任能力の減退を理由にして“再度の執行猶予”を求めていたようです。似た事案を今担当しているため,裁判所がどのような判断を示すのか興味を持って聞いていたのですが,裁判官は,前回の裁判の後,専門医の治療を受ける機会があったのに,本人も家族もその機会を活かしていなかったと強く非難し,刑の一部の執行猶予は認めつつも,実刑を言い渡していました。この被告に真に必要なのは“刑罰”なのか,それとも“治療”なのか,なかなか悩ましい…。

担当の事件を終えた帰りに立ち寄った某駅のすぐ前にある居酒屋の焼き魚定食。サバ,紅鮭もあったのですが,銀ダラをチョイスしました。セリのお浸し,里芋・人参の煮物,そして,(写真を撮る時に蓋を開けるのを忘れてしまいましたが)ナメコとお豆腐のお味噌汁付き。これで900円也。味とボリュームを考えると文句のつけようがありません! 和定食,特に焼き魚の定食が美味しいお店にはなかなか巡り合えないので,このお店は私にとってはとても貴重な存在。もう15年以上も通っています。余り大きな声では言えませんが,越谷支部で裁判がある時は,このお店でお昼を食べるため,なるべく昼前後に期日を入れるようにしています(笑)。

〔lawyer’ blog〕✍ “ぽえむ”のこと

ふるさと納税の返礼品,くめざくら大山ブルワリーの「大山Gビール」が届きました。住んでいる自治体から住民税が逃げてしまう“ふるさと納税”ってどうなんだろうと考えていて,昨年までは利用したことはありませんでした。でも,年末,怒涛のように流されたテレビCMに見事に影響され,ついに手を出すことに(情けない…)。せめて所縁のあるところに寄付をしようと,大学卒業後,2年間住んだことがある松江市を第1候補にしたのですが,私が使ったサイトには松江市の返礼品がみあたらず,仕方なく,当時よく遊びに出かけた隣の米子市の返礼品を選びました(正確には間に島根県安来市が挟まります)。ピルスナー,ペールエール,ヴァイツェン,スタウトの4種類がそれぞれ4本ずつ。いや,楽しい。ふるさと納税っていいですね(苦笑)。

米子市からは,この返礼品とは別に,温泉施設の入浴券やら米子高島屋の優待券やらが入った“ゆうパック”が送られてきました。米子に行かないと役に立たないじゃんとその時は横にほおったのですが,ヴァイツェンを飲み進めるうち,何だか当時のことが懐かしくなり,今年のGWの旅行は山陰にしようかなどと妄想し始めました。

行ってみたい場所で真っ先に浮かんだのは『ぽえむ』。会社の同期のT君に連れられてよく行ったジャズバーです。クリフォード・ブラウン好き(リー・モーガンだったかな?)の愛想がよいとはちょっと言えない,でも本当にジャズを愛するマスターが一人でやっていた店でした。この店を訪ねたのはいつも日付が変わってから。客が帰った後で,店の中はからっぽということも多かった。シャッターを閉めて家に帰ろうとしているマスターを,Tが拝み倒し,店を開けさせて鍋を作って食べさせてもらったなんてこともあったっけ。そんなことを思い出しながら,松江,『ぽえむ』,jazzでネットでググってみたところ,そのマスターが2年前に亡くなっていたことを知りました。

『ぽえむ』は,地元の人たちに愛されて,2015年,マスターが亡くなった時まで続いていたようです。私が松江にいた当時は,確か,大橋川の北詰め,東本町の雑居ビルの2階に店はあったのですが,その後,大橋川の南詰め,白潟本町に移転したのだそうです。前の店には窓などありませんでしたが,白潟の店には大橋川を臨む側に広い窓があり,水の都の夕景,夜景を楽しむことができたようです。ライブができるスペースもあって,その様子を撮影した動画もyoutubeにアップされていました。マスター,きっと幸せだったのだろうな。

『ぽえむ』があった場所は,有志によってライブスペースとして維持されてきたようですが,そこもこの3月に取り壊しが始まるのだそうです。20年振りに松江を訪ねることができたとしても,そこには『ぽえむ』はありません。ネットではまだお店のアメブロを見ることができるのに…。さて,今年のGW,どうしたものか。

〔lawyer’ blog〕✍ ホームページのリニューアル

先週月曜日の大雪には参りました。ノーマル・タイヤしか用意していないので,表通りの雪が融けてからも車に乗ることができません。事務所までの通勤はよいのですが,駅から離れたところにある警察署が多いので,接見に出かけるのが大変。タクシーもなかなかつかまらないので,先週水曜日には,某警察署に行くのに,最寄り駅から足下が悪い中,往復約3kmも歩くハメになりました。今週金曜日の空模様も怪しいようですが,できれば積雪はもう勘弁してもらいたいものです。

前回ブログを更新してから,ホームページのリニューアル作業に着手してみました。業者にお願いしようかとも思ったのですが,先立つものがないため,大学生のF君に安いアルバイト代で頑張ってもらいました。この4月からSE(システムエンジニア)として働くことになっているF君ですが,HPの制作・修正作業については経験がなく,「ホームページ・ビルダー」というソフトにも触ったことがないということだったので,正直,どこまで手を加えてもらえるのだろうかと思っていたのですが,若者の吸収力,集中力は凄いですね。1週間余りでここまで仕上げてくれました。大変助かりました。字のポイントは小さくなりましたが,画面はスッキリしたので,読みやすくなっているのではないかと思います。もう少しいじりたいところはあるにはあるのですが,そちらは,また余裕ができたらにしたいと思います。

F君の作業を横目でみながら,私も,HTMLやらCSSなどの本を手にしてみたのですが,老化し始めている頭にはなかなか入ってきません。スペースを挿入したり,改行したりといったごく初歩的なことは何とかできるようになりましたが,表やグラフを作成するといったことは,あきらめるしかないかも…。今の時代,プログラミング言語(HTML,CSSは厳密にはプログラミング言語の範ちゅうには入らないようですが)を身につけるということは,外国語をひとつ覚えるのと同じ,いやそれ以上に役立つことなのかもしれません。

〔lawyer’ blog〕✍ Peace Love and Understanding

正月はテレビばかり見ていたのですが,3日,箱根駅伝の復路を見終えた後,さすがにこのままどこにも出かけずに休みを終えるというのもと思い,妻と連れ立って初詣に出かけました。最初に向かったのは東京大神宮。ここは伊勢神宮とつながりがあるようで,“東京のお伊勢さま“と呼ばれ,正月には参拝者に甘酒や「赤福」が振る舞われます。ちょっと楽しみにしていたのですが着いてみてびっくり。参拝を待つ人の行列が早稲田通りまで続いていました。冷たい風が吹きすさぶ中,1時間近くも並んでいるのはとても耐えられません。かといって,わざわざ着替えて外に出たので,どこかで初詣だけはしていこうということになり,まず浮かんだのは湯島天神。でも,よく考えたら,今さら学問の神様を拝んでも仕方ありません(?)。怖いものみたさで“富岡八幡宮”というのもよぎりましたが,ここは商売の神様にあやかろうということになり,近くの神田明神に向かいました。清水坂下から宮本公園を抜けて裏口から境内に入り,参拝客の列に切れ目ができたところに首尾よく並ぶことができました。門の外がどうなっていたのか様子はみていないのでわかりませんが,もしかすると,東京大神宮と同様,大行列ができていたのかもしれません。裏口から入り込んで並んでしまってゴメンなさい。

まだ数字は発表されていませんが,今年の初詣,ニュースを見ている限りではそこそこの人出だったのではないでしょうか。デパートの初売りも好調だったようですから,2018年の暮らしの見通しは,もしかすると少しは明るいのかもしれません。でも,賽銭箱をのぞいてもお札はちらほら,熊手も売れているのは小さなサイズのものばかり。北朝鮮の金正恩はミサイルを何発も発射し,こちらも何をするかわからないトランプとチキンレースを続けている,日本だってよく考えてみれば865兆円もの借金(国債)を抱えて,それを解消できるあてもない…。「将来の夢がある」と答えることができた新成人が54%しかいないというアンケート結果に象徴されるように,みんなが元気が出る状況にはほど遠いのが現実なのだと思います。

とてもまともとは思えない指導者の手に核のボタンが握られていることを想像してしまうと,平和について考えることにどれだけの意味があるのかと捨て鉢な気持ちにもなってしまいそうですが,それを何とかおさえて,今年も平和のうちに過ごせますようにと手を合わせてきました。

As I walk through
This wicked world
Searchin’ for light in the darkness of insanity
I ask myself
Is all hope gone?
Is there only pain and hatred, and misery?
And each time I feel like this inside
There’s one thing I wanna know:
What’s so funny ‘bout peace love and understanding? 

 

デイブ・エドモンズらと組んだロックパイルで有名なニック・ロウが,その前,Brinsley Schwarzというバンドを組んでいた時に作った“(What’s so funny)Peace Love and Understanding”(エルビス・コステロのヴァージョンが有名で,コステロの曲と思っている人が多いかもしれません)。ベトナム反戦運動やフランスの5月革命などから若者たちが離れていった後の1974年の作品です。そうした時代背景もあってか,ちょっとシニカルなところも感じる曲なのですが,もうすぐ70歳になる彼がアコースティクギター1本でこの曲を歌っている動画を見ていると,ストレートなメッセージソングに聴こえてくるのが不思議です。

“平和”,“愛”,“理解すること”を語るにも,意外とこの力の抜き加減が大切なのかもしれません。今年1年,肩肘張らずに,それでも頑張っていこうと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

〔lawyer’ blog〕✍ “Hallelujah”

昨日の日曜日,休日は事務員がいなくて一人なので,ステレオのボリュームをいつもより少しあげて,CDを聴きながら,たまっている仕事に手をつけました。レナード・コーエンの『You Want It Darker』。昨年10月に発表された彼の遺作です。11月,彼が亡くなった直後に買い求めたのですが,当時の私にはこの作品に向かいあうメンタリティーがなくてしばらく遠ざけてしまっていました。レナードの低く,呟くような歌声。深く暗い澱みのなかから,うねるように立ち上がってくるメロディー。予想していたとおり,ずしんと重い作品でした。でも,デビット・ボウイの『Black Star』もそうでしたが,最後の最後まで新しさを感じさせてくれるところは凄い。

レナードを知ったのは,ジェニファー・ウォーンズが彼の作品をカバーした『Famous Blue Raincoat』に入っている“First We Take Manhattan”のミュージック・ビデオを見たのが最初でした。30年以上も前のことになります。映画『愛と青春の旅立ち』の主題歌を歌ったジェニファーの歌がすばらしいだけでなく,スティービー・レイ・ボーンのギター・ワークがとても格好よくて,今でもこのカバーはお気に入りです(レナード,レイ・ボーンも登場するこのMVは,youtube,ニコ動などにアップされています)。ジェニファーの“Manhattan”と出会ったのがきっかけで,レナードの『Recent Songs』,『Various Positions』あたりを聞くようになったのですが,正直なところ,彼自身の歌声は年老いてから(70歳を超えてから)のほうが“艶”“色”が加わって不思議と聴きやすい。これから聴いてみようという方には,2009年の『Live in London』あたりがお勧めかもしれません。

彼の作品で一番知られているのは“Hallelujah”でしょうか。『Various Positions』に収録されているオリジナルももちろん良いのですが,数多くのアーティストにカバーされている曲で,オリジナルよりよく知られているものさえあります。ジョン・ケール,k.dラング,最近だとペンタトニックス。なかでも夭折したジェフ・バックリーが1枚だけ残したアルバム『Grace』に収録されているものが本当に美しい。同期のS弁護士からこのカバー曲の存在を教えられ,以来,こちらも愛聴盤になっています。レナード・コーエンが書く詩はどれもとても難解なのですが,“Hallelujah”の場合も,英語はもちろん,聖書の知識なども持っていないと何を言わんとしているのかなかなか理解できません。そんなとてもやっかいな曲なのですが,なぜか無性に聴きたくなることがある…。ぜひ一度聴いてみてください。

ボリュームをあげて音楽を聴いていると,どうしてもそちらに意識が向かってしまって集中を欠いてしまいます。昨日も予定していた書面書きは終わらずじまい…。たまった仕事を片づけて,大掃除も済ませてから,ゆっくり彼の曲を聴くようにしたいと思います。

♯ 年内のブログ更新はこれで最後にします。どうぞよいお年をお迎えください。

〔lawyer’ blog〕✍ 今年の一冊:『蜜蜂と遠雷』(恩田陸)

今年も残すところもう10日余り。裁判所から少し離れた場所に事務所を構えたため,どうしても生じてしまう“手待ち時間”を読書で埋めようと考えて,鞄の中にはいつも本を数冊入れておくようになったという話しは以前に書きましたが,移動手段が車ということもあり,結局,完読できた本は20冊そこそこ。ちょっと情けない。そんなわずか20冊程度の中から“今年の一冊”なんて格好がつかないのですが…。

恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』,第156回直木賞と2017年本屋大賞のW受賞作です。選んだ本もベタですいません。国際ピアノ・コンクールを題材にした作品ということで,クラッシック好きとしては読んでおかなくてはということで手にしてみました。かつて天才といわれながら母の死をきっかけに表舞台から姿を消していた女子学生(栄伝亜夜),圧倒的なテクニックとフィジカルも兼ね備えたジュリアードの優等生(マサル・アナトール),コンクール直前に亡くなった世界的大家ホフマンがコンクールに送り込んだ最後の秘蔵っ子(風間塵)といったコンテスタントの若者たちだけでなく,塵をコンクールに送り込んだホフマンの「試されているのは彼(塵)ではなく,審査員の皆さんです」という言葉に翻弄される審査員たち,コンテスタントの友人や家族,コンクールを支える調律師,ステージマネージャーといった裏方たちなどを入れ替わり登場させる立体的な群像劇。そして,何と言っても読み応えがあったのは,洪水のような圧倒的な比喩でピアノが奏でる音を見事に表現しているところ。“どんなに大量の比喩が重ねられても,そこから音楽は立ち上がってこなかった”と直木賞の選者の一人,作家の高村薫さんはなぜかひどく辛口でしたが,いやさすがにそれはないだろうとこの選評を読んだとき思わず口にしてしまいました。

ピアノ・コンクールを舞台にした青春群像劇というと,少女漫画だとくらもちふさこの『いつもポケットにショパン』が浮かびます。恩田さんは“文字”でしたが,くらもちさんは“絵”でピアノの“音”を見事に表現していました。私は高校生の時にこの作品を読み,ショパン,ラフマニノフ,ラヴェル,バルトークと少しずつクラッシックを聴くようになりました。実は,同じピアノ教室に通った幼なじみが成長してコンクールで競うというストーリー,“アーちゃん”という女の子の呼び名,思い出の曲が「茶色の小びん」といったところは,この2つの作品に共通しています。恩田さんは私と同世代(早稲田の2年後輩で,実は,私の同級生を介して間接的なつながりが…。いつか機会があったらこのブログにも書きたいと思います)。なので,きっと『いつもポケットにショパン』の麻子と季晋のことをどこかにイメージしながら亜夜とマサルを描いたのだろうと想像しながら『蜜蜂と遠雷』を読み進めたのですが,恩田さんのインタビュー記事などを読むとどうやらそうではないよう。不思議な偶然があるものなのですね。

年も押し詰まってあと読める本は1冊か2冊か。今読んでいる「学生を戦地へ送るには 田辺元『悪魔の京大講義』を読む」(佐藤優著)を読み終えたら,冬休みには“積ん読”になっている「騎士団長殺し」に取りかかりたいと考えています。

〔lawyer’ blog〕✍ 教授の“CODA”

Double Fantasy

12月8日。太平洋戦争の終戦の日。そして,私(より少し上)の世代にとっては“ジョン・レノンの命日”でしょうか。1980(昭和55)年12月8日,彼がダコタ・アパート前でマーク・チャップマンに射殺されたというニュースには本当に衝撃を受けました。当時,私は高校2年。この年に創刊された『写楽』という写真誌で新作アルバム制作中のジョンを篠山紀信が撮影した特集が組まれ(1981年1月号でしたが11月に発売),写楽のその号と新作「Double Fantasy」をやっと手にした直後のニュースでした。「Double Fantasy」の発売日は12月5日。事件後にレコード店に並べられたアルバムには“追悼盤”の帯がつけられていましたが,私が持っているのは最初に店に並んだものです(プレミアがつくのだろうか?)。

Solid State Surviver

1980年。大平正芳首相の急逝,山口百恵の引退コンサート・結婚,王選手の868号そして引退,埼玉では富士見産婦人科病院事件と印象的な出来事が多い年でしたが,音楽で流行ったのはYMOでした。ウォークマン(初代は1979年発売)で彼らのテクノサウンドを聴く若者が“増殖”しました。私が当時よく聴いていたのはフュージョン。ハービー・ハンコック,チック・コリア,国内ではKYLIN BANDなんかを聴いていました。KYLIN BANDに参加していた坂本龍一(“教授”)がYMOの結成に加わり,ライブ・ツアーにはKYLIN BANDから渡辺香津美,矢野顕子もサポートで入ったということもあって自然と聞くようになりました。YMOの活動を終えてポップ・ミュージックから離れてからも,「戦場のメリークリスマス」,「ラストエンペラー」などの映画音楽,「energy flow」(リゲインのCM曲)などのピアノ曲,モレンバウム夫妻とジョビンらのブラジル音楽に取り組んだMorelenbaum2 / Sakamoto(このユニットの最初のCD「CASA」は今でもお気に入り。)という具合に,教授の音楽はそう遠くないところでいつも鳴っていたという印象です。

その教授を追ったドキュメンタリー映画が現在公開されています。スティーブン・ノムラ・シブル監督の『Ryuichi Sakamoto: CODA』。中央労働委員会の調査期日が少し早く終わったので,有楽町の映画館で最終上映を見てきました。CODAは音楽用語で“最終楽章”の意味。2014年に中咽頭がんの治療のため休養していた教授なので,ちょっとドキッとさせられるタイトルです。東日本大震災で津波を被り,音がくるってしまったピアノを愛おしそうに弾く教授を写した予告編を見ていたので,震災以降の彼の姿を追った映画なのかと思っていたのですが,YMO時代のちょっと尖がったインタビューやライブ映像,映画音楽制作の裏話,環境問題や原発について積極的な発言を続ける理由など40年間の活動全般を追った内容になっていて興味深く見ることができました。

アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』に使われていたバッハのコラール(BWV639)のような作品を作ってみたいと楽しそうにピアノに向かう教授。私よりひと回り年上の65歳。どのような音をこれから紡いでいくのか,まだまだ気になる存在です。

〔lawyer’ blog〕✍ 囲碁の神様

囲碁の棋士,杉内雅男九段が亡くなられました。97歳でした。本因坊戦の挑戦者に2度なったことはあるものの,大きなタイトルの獲得はないので,一般にはほとんど知られていない方かもしれません。

亡くなるまで現役として第一線で碁を打ち続けました。今月2日に行われた小山栄美六段との対局が最後の対局。この碁は負けでしたが,今年の年間成績は2勝2敗。90代の成績もほぼ打ち分け(勝ち負けが拮抗)だったそうです。昨年3月には15歳の大西竜平初段と対局をして年齢差80歳という記録を作って話題にもなりました。対局がある日は,駒沢公園近くの自宅から日本棋院がある市ヶ谷まで電車で通い,棋院6階の対局室にはエレベーターを使わずに階段を上り下りしていたというのですから驚きです。

杉内九段のあだ名は「囲碁の神様」。“神様”というと白髪で髭を伸ばした好々爺を想像してしまいますが,杉内九段の場合,お年を召されてからの飄々とした風貌からついたのではなく,兵役から復員して囲碁の研究に明け暮れた30代に,その囲碁に打ち込む姿勢の真摯さからつけられたのだそうです。早碁も得意とされていて,私がよく囲碁番組を見ていた頃には,NHK杯などのテレビ棋戦でも活躍されていました。当時,すでに還暦を過ぎていたはずですが,(“神様”には似合わない)妥協のない厳しい手を連発するとても若々しい打ちぶりで,観戦していて小気味良さを感じたものでした。

ただひたすらに道を究めようとする… 凡人には苦しいことばかりではないかと思えてしまいますが,杉内九段にはどんな世界が見えていたのでしょうか。合掌。

〔lawyer’ blog〕✍ 床屋談義

ストレスにさらされる毎日(?),リラックスできる時間は貴重です。私の場合,床屋さんで散髪してもらう時間もそのひとつ。熱いタオルを顔にかけられたり,シャンプーをしてもらったりするのが心地よいことはもちろんですが,髪を切ってもらっている間,うとうとできるのもとても幸せです。髪形などにこだわりはないのですが,かといって知らない店にぶらりと入るのは緊張もしますし,前髪の長さはどうする,もみ上げは切る切らないなど,その都度やり取りするのも煩わしいので,床屋さんに関しては勝手が分かった行きつけの店を決めています。浦和の裁判所の近くにあるご夫婦でやられている床屋さんで,もう15年ほど通っているでしょうか。川口に事務所を移してからも,裁判の合間の時間などに立ち寄るようにしていました。

ところが,5月の終わり頃のこと,梅雨に入る前に髪を切ってさっぱりしておこうと思って予約を入れようとしたところ,電話に出た奥様から,主人がケガをしてしばらく店を開けることができなくなってしまったと断られてしまいました。何かあったのかなと気になり,一度,裁判の帰りに車でお店の前を通ってみたのですが,通りに面した建物にはブルーシートがかけられていて,まるで大規模なリフォーム工事でもするような雰囲気になっていました。しばらく再開しそうもないなと諦めて,夏から秋にかけては,いくつかお店を新規に開拓し,髪を切ってもらっていたのですが,どこもなんとなく落ち着きません。

“床屋難民”になりかけていた先日,久しぶりに店の前を通りかかったところ,ブルーシートはそのままだったのですが,通りを挟んで向かい側に建つビルの1階に,あのサインポールが立っていました。これはもしかするとと電話をかけてみると,仮店舗で営業を再開したとのこと。早速,予約をして出かけてみたのですが,奥様がハサミを持ち,ご主人はモップで床を掃くだけでいつもと様子が違います。話しを聞いてみると,GW明けにお店の前の交差点で2tトラックと乗用車が出会い頭に衝突し,その弾みでトラックが店に突っ込むという交通事故があり,店先でプランターに花を植えていたご主人が巻き込まれて大けがをされたというのです。トラックの直撃は免れたものの(そうなっていたら命も危なかった),建物の間に足を挟まれてしまい,レスキュー隊に救出されるという騒動になったのだとか。県庁の近くには報道機関も多いので,まだ救出作業が続いているところに複数の報道機関の記者が駆けつけ,その日のニュースでも取り上げられたのだということでした。それはとんだ災難でしたねと応じると,話しは自然と賠償のことに。自営業の方の営業補償(休業損害),店舗の修理費用の範囲・評価,代替店舗の賃料の保障期間など,それなりに考えなければならないことのオンパレード。少し居眠りをしたいところだっただったのですが,まる1時間,みっちり法律相談をする羽目に…。でも,行きつけの店が営業を再開してくれて,“床屋難民”なりかけの身としては本当に助かりました。

追記:「法律相談分野別Q&A」のコンテンツを少しづつ書いています。『交通事故』についてもアップしました。まだきちんと整理できておらず,内容も今回の「床屋談義」に対応できていないなど不十分ですが,興味のある方はご覧になってみてください。