〔lawyer’ blog〕✍ クレオパトラ

10月は本当によく雨が降りました。休みの日も旅行などする気分にはなれず(もっとも,そんな余裕もありませんでしたが‥),せめて“芸術の秋”を楽しもうと上野の森にでかけてきました。出かけたのは,2週間前の週末,台風21号の影響で強い雨が降っていた日でした。そんな荒天にもかかわらず,「上野の森美術館」の前には長蛇の列が。最後尾には何と90分待ち(!)という表示がありました。あまり関心なかったのですが,『怖い絵展』,大人気なのですね。ちょうど一昨日,テレビ東京の『美の巨人たち』で,この展覧会に出展されているポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》が取り上げられていて,遅ればせながら興味が湧いてきました。

東京文化会館

しかし,この日の目的地は美術館ではなくて東京文化会館。K-BALLET COMPANYの「クレオパトラ」世界初演を見てきました。熊川哲也さんが主宰するK-BALLET COMPANYは,今,日本で最も勢いのあるバレエ団です。これまでもシンデレラ,カルメンなど熊川さんが演出,再振り付けを手がけた演目はいくつもありましたが,今回の「クレオパトラ」は,原作も音楽もないところから熊川さんが作り出した完全なオリジナル作品。その世界初演ということで,今回の東京公演は特に注目を集めていました。バレエは妻の趣味に付き合っているだけの素人なのですが,いや,素晴らしい出来映えでした。主役の浅川紫織さんの踊りは,甘美でありながら,凛とした力強さもあって,英雄たちを翻弄したクレオパトラを見事に表現していました。衣装もすてきでしたし,舞台装置にも工夫がこらされていて,ラストシーンには思わずはっとさせられました。

白鳥の湖,くるみ割り人形,ジゼル,ドンキ,ロミジュリ‥ クラッシック・バレエの“幕物”は実はそれほど多くありません。そこにオリジナルの演目を加え,しかも,それを新たな“古典”にしてみせようという熊川さんの意欲的な挑戦。「クレオパトラ」がそう育っていく可能性を十分に感じさせてもらった世界初演でした。東京公演はもう終わってしまいましたが,今回の公演を映画化したものが来年1月に公開されます。映画のクレオパトラ役はダブルキャストの中村祥子さん。熊川さんは中村さんの踊りをイメージしながら「クレオパトラ」を制作したようなので,そちらもぜひ見に行こうと考えています。 

〔lawyer’ blog〕✍ 久しぶりの青空…でしたが

ここ2週間,本当によく雨が降りました。そこに,日曜夜から昨日の朝にかけての台風の来襲。通勤で新荒川大橋を通るのですが,河岸の野球場,ゴルフ場が水没してしまっていて,荒川の川幅がいつもの数倍に拡がっていました。埼玉ではふじみ野などで床上浸水の被害があったようですし,多摩川でも川の増水で中州に取り残されてしまった人がいて,ヘリコプターで救出される映像がテレビで繰り返し流れていましたね。台風のスピードがもっと遅かったら,大きな水害が起きていたかもしれません。

台風が去って本当に久しぶりに青空を見ましたが,この青空を見ながら一番よい気分になっていたのは安倍首相かもしれません。定数を10名減らした総選挙で,解散前の議席数を維持したのですから完勝でしょう。3年後の東京オリンピックの開会式に再びマリオの姿になって登場する,そんなシナリオもみえてきました。

もう1つ現実味を帯びてきたのが「憲法改正」です。自公の政権与党が獲得した議席は313。衆議院の新しい定数は465ですから,憲法改正の発議に必要な3分の2,310議席を超える議席を確保したことになります。野党といっても,希望の党,維新の会は憲法改正には前向きですから,実に衆議院の議席の8割を改憲勢力が占めたことになります。都議選の惨敗で一時はスケジュールの見直しもささやかれていましたが,どうやら年明けに行われる通常国会に改憲案が提出される可能性が再び高まってきました。

安倍首相の思惑どおりに事が運び,通常国会に改憲案が提出されたとしても,その後の国会審議,衆参両議院での発議,そして国民投票までとなると1年近い時間が必要となります。つまり,来年,2018年は,1年を通して憲法改正が議論される年となるかもしれません。憲法といっても“不磨の大典”ではないので,憲法改正を議論すること自体をタブーにしてはいけないと思います。ただ,国の根幹を決める最も大切な法なのですから,国民の中で憲法改正の機運が高まらないうちに,政治家だけの都合で一気に変えられるということは絶対にあってはいけません。憲法についてじっくり考える機会を増やすことに,私も微力を尽くしていくつもりです。

 

 

〔lawyer’ blog〕✍ 東京タワーの夜景

東京タワー

日比谷通りから東京プリンスホテル越しに見た東京タワーの夜景です。先週,担当している不当労働行為事件(会社と労働組合との間の紛争)の調査期日が中央労働委員会であったのですが,それを終えて中労委の建物から外に出てみると,ライトアップされた東京タワーが視界に飛び込んできました。午後5時過ぎでこんな感じですから,ずいぶんと日が短くなりました。

どんな紛争も解決までこぎ着けるのは大変ですが,労使紛争,特に労働組合が会社から攻撃を受け,その救済を求める不当労働行為事件はやっかいです。「人事」や「業務指示」を口実にパワハラまがいの行為が執拗に繰り返されたり,管理職に組合員の行動を事実上“監視”させたり,まるで小・中学校での“いじめ”ではないかと思うような陰湿な攻撃が行われることも珍しくありません。従業員の過半数を組織するような労働組合であれば力で経営者に対抗することもできますが,少数組合の場合には労働委員会のような外部機関に救済を求めるしかありません。しかし,“陰湿な攻撃”を明らかにする作業は簡単なことではなく,労働委員会の審理は裁判以上に時間がかかってしまうこともあります。その間に紛争が泥沼化して,多くの離脱者が出てしまうということもときには起きます。県労委を経て中労委に事件がかかるということは,紛争が起きてからすでに数年が経過しているということにもなるわけで,そこに足を運ぶということは,代理人を務める弁護士にとっても正直シンドイところがあります。この日の事件も紛争が起きてからすでに3年半が経過。どういう解決があり得るのか,この段階で何をすべきか,なかなか悩ましい‥。

The Crescent

と,東京タワーから通りの反対側に視線を転じると古い洋館が目に入ります。「The Crescent」(ザ・クレッセント)。昼間はあまり目立たないのですが,灯りが燈るととてもいい雰囲気です。改めて調べてみると,あのミシュランガイドで10年連続で星をもらっている都内でも指折りのフレンチの名店のよう。お値段もそれなりなので,よほどのことがないと縁はないよなぁと呟きながら増上寺前を左に折れ,大門をくぐって浜松町の駅に向かうと,右手に「秋田屋」さんの建物が。こちらはいつも通りサラリーマンで溢れていました。昭和4年創業の“やきとん”のお店。吉田類の「酒場放浪記」でも紹介されたこちらも居酒屋の“名店”です。

まぁ,労働争議が解決したあとの打ち上げに“高級フレンチ”というのはさすがにちょっと合いません。やはりこちらで“もつ焼き”と“ビール”で一杯でしょうか。(の)

 

〔lawyer’ blog〕✍ 大義なき解散,それなのに…

臨時国会冒頭の解散,驚きました。「モリ・カケ隠し」の内閣改造が茶番であることは初めからわかっていましたが,それでも野田聖子,河野太郎といった首相の“お友達”ではない人材を閣内に取り込み,“仕事人内閣”などというネーミングまでつけたのですから,この内閣で一応の“仕事”はするつもりなのだろうと思っていました。もちろん,何がいつ起こるのかわからないのが政治の世界ということで,安倍首相,働き方改革などいくつかの重要法案を通したら,臨時国会終盤には解散に打って出るということもあるのかなぁ,くらいに勝手に想像していました。ところが,所信表明演説もせずにいきなり解散とは! ライバル政党の態勢が整わぬうちにという腹なのでしょうが,こうなってくると解散の大義などどこにもありません。

ということになれば,本来は野党がもっとしっかりしていなればならないのですが,最大野党の民進党がとんでもないドタバタ劇を演じています。不人気な自分の党(民進党)からの公認ではなく人気がある別の党から公認してもらって選挙を戦う,その代わり選挙資金は自分の党の政党交付金を使う,という仕掛けのようです。「希望の党」の公認,でも本籍は「民進党」の候補者(!?)が大量に出てくるようです。政治理念や政策は二の次,ともかく当選したい,議員バッチを守りたいとあがく彼らの姿を「蜘蛛の糸」の犍陀多(かんただ)のようと揶揄する人がいますが,本当に浅ましい限りです。ドタバタ劇の共演者,希望の党にも何の“希望”も見出せません。小池都知事は,民進党議員を“選別”する言い訳として,安全保障,憲法観が一致することは前提条件などともっともらしいことを言っていますが,そもそも様々な考え方を持つ議員がいる民進党との合流を受け入れたのですから,今さらそんなことを言ってみても,民進党の組織票,政治資金が欲しいだけ,ただの“野合”ではないかと批判されても仕方ないでしょう。

過去にはもう少しマシな新党が存在したように思います。「新自由クラブ」,「新党さきがけ」は,どちらも自民党内の改革グループが中心になって作られた政党でしたが,前者は中選挙区制度のもとで保革の中間の立ち位置を模索し,後者は保守でありながら環境施策の重視などリベラル色を出すという具合で,なかなか面白い存在でした。少なくとも,議員バッチを守るためだけに行動している(としか思えない)今の政治家とは違いました。新自由クラブの結党は1976(昭和51)年秋のこと。ちょっと脱線しますが,この党の初代代表だった河野洋平氏は高校の先輩になります。私が高校1年の時,確か総選挙の直前に来校して,講演をしてくれたことがありました。人の講演,講話に感銘を受けたという経験はあまりないのですが,この時の河野氏の話はよく覚えています。行き詰ってしまったとき,ポケットにしまっておいたミカン箱(?)を取り出し,その上に立って周りをみてごらん,物事が違ってみえるようになる,といったそれ自体は他愛のない話だったのですが(書いていて,話の中身については少し自信がなくなってきました…(笑)),当時の彼は40代前半,ハンサムで,颯爽としていて,そして,何より言葉に力がありました。政治家というのは大したものだ,と感心したことだけは間違いなく覚えています。

今月22日,総選挙が行われます。候補者その人の言葉が胸に響いてくることが,はたしてどれだけあるでしょうか。(野)

〔lawyer’ blog〕✍ すみだ北斎美術館

富嶽三十六景 神奈川沖浪裏

先週の土曜日,両国にある「すみだ北斎美術館」に行ってきました。昨年11月にオープンしたばかりの新しい美術館ですが,来館者数はすでに30万人を突破しているのだとか。北斎ブーム,恐るべし!ですね。ただ,私が訪ねた日は,台風の影響でどんよりとした空模様,それに閉館の1時間前だったということもあって,並ばずにすんなり中に入ることができました。「パフォーマー☆北斎 ~江戸と名古屋を駆ける~」という企画展も行われていたのですが,今回は,入館料を節約して,常設展だけ見てきました。常設展は,北斎の画業を彼が使っていた主な画号によって6つの時期に区切り,それぞれの時期の代表作をエピソードを交えて紹介し,生涯を辿っていくという見せ方になっています。展示されている絵は実物大の高細密レプリカです。北斎の絵はサイズが小さなものが多いので,絵の前に人だかりができてしまうと細かなところまで見ることができないのですが,ここの良いところは,タッチパネルのモニターが別に置かれていて,モニターでも絵を見ることができること。画面をピンチして絵を拡大・縮小したり,解説を読むこともできます(英語,中国語,ハングルにも対応)。また,『北斎漫画』などの絵手本をタッチパネルを使ってゲーム感覚で楽しめるモニターもフロアー中央に何台か置かれていて,西洋人の男の子がこれに夢中になっていました。先端の技術を使って美術館も変わってきていますね。

すみだ北斎美術館

北斎の絵もよかったのですが,実は,もう一つ楽しみにしていたのは美術館の「建物」。設計を担当したのは妹島和世(せじまかずよ)さん。今年5月,金沢に旅行に行った時,彼女と西島立衛のユニットSANAAが設計した「金沢21世紀美術館」を訪ねたのですが,ガラスを多用したとても明るく開放的な作りになっていて,この人が設計したほかの建築物も気になっていたのです。お城の前の広大な敷地に建てられた「21世紀美術館」とは違い,狭い敷地,しかもまわりにはマンションや住宅もたくさんあるという立地にどのような美術館を建てたのか興味津々だったのですが,期待にたがわず面白かったです。北側にある公園から見ると,Nipponの「N」の形になっています。壁面には鏡面仕上げが施されたアルミパネルが貼られているのですが,このアルミの鏡面,ステンレスの鏡面とは違って周りの風景の映り込みを淡く柔らかくするのだとか。周囲への心づかいでしょうか。こうした近未来的な構造物の中に北斎の絵が収められていると思うと何とも不思議な感じがします。

今回は小雨が降りだしたこともあって建物の周囲をゆっくり見ることはしなかったのですが,隣の錦糸町に東京簡易裁判所があるので,そちらに行く事件を担当することになったら,また立ち寄ってみようと思っています。(の)

 

〔lawyer’ blog〕✍ 秋の味覚

秋の味覚,色々とありますが,私が毎年楽しみにしているのが「恵那寿や」さんの“栗きんとん”。蒸した栗をつぶしてお砂糖を足し,茶巾で絞って元の栗の形に整え,もう一度炊きあげた素朴なお菓子で,似たものはよく目にするのですが,私にとってはこの恵那寿やさんのものが別格。つぶれずにほんの少し残った栗の実の舌触り,もとの栗の甘さを大切にしつつ,でもほんの少しだけ甘さを足した加減,口に含むととても幸せな気持ちになります。

この時期のスイーツは,恵那寿やさんの栗きんとんで決まり,と思っていたのですが,最近,ライバルを発見しました。「中田屋」さんの“金とき”です。中田屋は金沢の有名な和菓子屋さんで,都内のいくつかのデパートにもお店があるので,ここの小豆の“きんつば”は食べたことがあるという人も多いかと思います。この“金とき”は,金沢の伝統野菜のひとつ,五郎島金時を使ってつくられたきんつばです。甘みが強く,繊維質が少ないのが五郎島金時の特徴なのだそうですが,びっくりするおいしさでした。日本橋三越の地方の物産品のコーナーに置かれていたのを妻がたまたま見つけて買ってきたのですが,忘れられない味になりました。お店には置いていなくて,物産展でしか売られていない商品のようなので,もし,そうした催し物をみかけたらぜひ探してみてください。(の)

〔lawyer’ blog〕✍ “サラメシ” その2

とんかつ定食

9.11から16年。今朝は,あの時から世界はずいぶんと変わってしまったなぁなどと少々感傷的になりながら一週間をスタートしたのですが,お昼時になってみると,いつもどおりにしっかりお腹が減っていました(笑)。ということで,久しぶりの“サラメシ”。夏休み前にみつけた洋食屋さんで日替わり定食をいただきました。今日は「とんかつ」です! 写真には写っていませんが,お豆腐とワカメの味噌汁もついています。とてもおいしかったし,お代もこれで760円ですから大満足です。こちらのお店は事務所から歩くと15分ほどかかってしまう場所なので,お昼の前後に車で外出する用事がある時に立ち寄ることにしています。

「Dr.コトー診療所」

こちらのお店を目指す目的は,食事のほかにもう1つ。「Dr.コトー診療所」の漫画が全巻置いてあるんです。離島の診療所で活躍する青年医師を描いた山田貴敏氏のこの漫画,私は「ビッグコミックオリジナル」に掲載されていた期間だけしか読んでいません。それ以前,2008年に休刊となった「週刊ヤングサンデー」時代のものは読んだことがなかったので,こちらのお店で料理が出てくるまでの間,読むことを楽しみにしています。といっても,料理がすぐに出てきてしまうので(食事をしに行っているのに変な文句ですが),なかなか読み進めることができません。今日,5度目の来訪で,やっと第2巻を読み終えました。あと何回ランチを食べると読み終えることができるのか… この漫画,ラスト・シーンが思い出せなかったのでちょっと調べてみたところ,作者の山田氏が病気で体調を崩し,2010年秋から休載中なのだそうです。今出ている25巻を読み終えるころ,お元気になられて連載が再開されているとよいのですが。(の)

 

〔lawyer’ blog〕✍ “ひよっこ”と音楽

 

9月になりました。朝ドラ「ひよっこ」もあと1ヶ月で終わってしまうのですね。4月に番組がスタートした時は,茨城の田舎にこんなにきれいな農家の嫁が二人もいるわけないよなどと毒づきながら見ていたのですが(茨城の農家の皆さん,すいません),いつの間にかどんどんハマってしまいました。上野駅,東京タワー,東京オリンピック,ビートルズ,植木等,グループサウンズ,ミニスカート‥。1960年代,元気だった“昭和”を思い出させてくれます。「ちゅらさん」「おひさま」もそうでしたが,岡田惠和さんが書く脚本にはあまり悪人が出てきません。みんなで励ましあって,前を向いて生きていくというストーリーは朝にぴったりです。

さよならを教えて/1967年

「ひよっこ」でもう一つ楽しみなのは音楽です。担当の宮川彬良(あきら)さんは,「シャボン玉ホリデー」でお馴染みの作曲家宮川泰さんのご子息です。あの時代を感じさせるメロディーを次々と忍ばせてきます。ほのぼのとした“家族のテーマ”,テナーサックスがむせび泣く“由香のテーマ(?)”などどれも素敵ですが,最近だと三男が働く米屋の一人娘安部米子(いや,“さおり”でしたね)が登場するシーンで流れる“君が好きーっ!”にはくすぐられました。曲調がフランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」を自然と連想させるのです。彼女の音楽は高校生のころよく聴きました。1979年にTBSで放送された山田太一脚本のドラマ「沿線地図」で,彼女のMa jeunesse fout l’camp(邦題・もう森へなんかいかない)が使われたのを覚えている方も多いかと思います。

“さおりのテーマ(?)”にくすぐられたもう1つの理由は,“君が好きーっ!”と歌っているのが太田裕美さんだということ。先日,NHK-BSの「名盤ドキュメント」で彼女の「心が風邪をひいた日」を取り上げていましたが,彼女の鼻にかかった歌声,本当に不思議な魅力を持っています。甘くて,軽やかで,少しせつなく,‥そして,ほのかに“昭和”なんですね。

「ひよっこ」,あと1ヶ月,どんな展開が待ち受けているのやら,音楽も含めて楽しみです。(の)

心が風邪をひいた日

〔lawyer’ blog〕✍ 都電早稲田駅から椿山荘へ

サイクリスト事務員君が筑波サーキットで奮闘した夏休みのとある一日,私はというと目白の椿山荘に優雅な(?)食事にでかけました。待ち合わせの時間まで少し余裕があったので,都電荒川線の早稲田駅から歩いていくことに。

駅から北に向かって少し行くと神田川に出ます。川の両岸には桜の木が植えられていて,春には花見にうってつけの場所です。橋を渡って川沿いを右に折れて進むと左手に「肥後細川庭園」の土塀が現れます。この庭園,少し前までは「新江戸川公園」と呼ばれていました。学生の時には,公園の中にある“松聲閣(しょうせいかく)”という建物の和室の部屋を借りて,司法試験を目指す仲間と自主ゼミをしていました。こんな都会の貴重な緑の中で勉強していたなんて,今から考えるととても贅沢でしたね。もう30年以上も前のことになります。

川沿いの道をそのまま進み,細川庭園の塀が切れたところで左に曲がると,“胸突き坂”と呼ばれる急で細い坂のふもとに出ます。坂の上り口の右手には,松尾芭蕉が二度目の江戸入りをした時に住居にしたという「関口芭蕉庵」があります。食事を前にしてあまり汗をかきたくないので,途中で何度か呼吸を整えながらゆっくり坂を登っていきます。

胸突き坂

坂を登り終えると,まず,左手に「永青文庫」の門が見えてきます(門が新しくなりましたね)。細川家伝来の美術品,歴史資料を収蔵する小さな美術館です。

永青文庫

永青文庫の前を通り過ぎると,今度は「和敬塾」の建物が見えてきます。こちらは,昭和30年に設立された男子学生向けの学生寮です。7000坪という広大な敷地に6つの寮があり,400人の学生(男ばかり‥)が共同生活を送っています。本館は旧細川侯爵邸で,今でも講演会などに使われているとのこと。一度見てみたいなぁとここを通るたびに思うのですが,一般公開は不定期なのでなかなか機会がありません。

和敬塾・東門から

この「和敬塾」,作家の村上春樹が早大1年の半年をここの寮で過ごしたことがあり,また,彼の小説「ノルウェイの森」の舞台として登場することでもハルキストの間では知られています。もう一つ,今回の散歩前に調べてみると,この和敬塾を創設した前川喜作(前川製作所の創業者)は,加計学園の問題で時の政権と対峙して注目されている前川喜平元文科相事務次官の祖父なのだそうです。そういう出自を持つ人が今回のような行動に出るということはどういうことなのか,なんてことをつらつら考えながら歩いているうちに目的地・椿山荘に到着しました。

私も出身大学は早稲田。学生時代に想いを馳せながらの散歩,楽しかったのですが,シャツは汗でびっしょり。もし皆さんが夏にこのコースを歩くのなら,椿山荘からスタートして坂を下りていく逆コースをお勧めします!(の)

〔lawyer’ blog〕✍ レンコン畑と「暗い時代の人々」

先週土曜日,「スーパーひたち」に乗って福島のいわきまで行ってきました。途中,土浦のあたりだったでしょうか,一面にレンコン畑が拡がっていて,よく目を凝らしてみると,緑の葉の間に隠れて白いハスの花がたくさん咲いていました。ハスの花,この時期に咲くのですね。

上野からいわきまでは特急でも2時間半近く。往復する間に本を1冊読み終えました。森まゆみさんの「暗い時代の人々」です。まえがきには「近年,アメリカに追随する政策や再軍備化,憲法改正と集団的自衛権の行使に向けた下準備が次々と推し進められていることに対しては,率直に怖い,という感情を持っている。そんな時代だからこそ,わたしは,大正から戦前・戦中にかけて,暗い谷間の時期を時代に流されず,小さな灯火を点した人々のことを考えていきたい」とあり,斎藤隆夫,山川菊栄,山本宣治,竹久夢二,古在由重など9人の人物の生きざまが描かれています。人物評伝というほどのボリュームはないけれど,彼らがあの暗い時代をいかに良く生きようとしたかは十分に伝わってきました。なかでも文化新聞「土曜日」を作った大部屋俳優斎藤雷太郎のことは,これまでまったく知らなかったこともあって,面白く読ませてもらいました。京都のフランソア,行かなければ。

安倍政権のもとで進められてきた諸政策によって「大阪城の外堀どころか,内堀も埋められ始めているような気がする」と森さんは言います(私も同感です)。そして,森さんは,あとがきで,マルティン・ニーメラーの詩を紹介しています。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき,私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき,私は声をあげなかった
私は社会民主主義者ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき,私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして,彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は,誰一人残っていなかった