【注目判例】正社員と非正規社員の賃金・手当等の格差がどこまで許容されるかを示した2つの最判:最高裁H30.6.1 ハマキョウレックス,長澤運輸両事件

 正社員と非正規正社員との間で賃金や手当などについて差を設けることは許されるのでしょうか。また,許される場合があるとして,労働条件のどの部分について,どの程度まで差をつけることができるのでしょうか。
 これまで正社員と非正規社員との間では,労働条件・待遇に差をつけることが当たり前という風潮があったように思います。しかし,2013(平成25)年4月に施行された改正労働契約法には,契約期間が“無期”であるか“有期”であるかによって労働条件に不合理な差をつけてはならないという規定が新たに設けられました(労働契約法第20条)。法改正後,この労契法20条の規定を使って,正社員との間の労働条件・待遇の格差の是正を求める裁判が全国各地で起こされるようになりました。
 このような中,今年6月1日,最高裁判所は,ハマキョウレックス事件長澤運輸事件という2つの事件について,正社員と非正規社員との待遇格差がこの労働契約法第20条の規定によりどのような場合に不合理なものとして無効となるのかについて,非常に注目される判断を示しました。今回は,この2つの事件についての最高裁の判断をご紹介します。

その1)ハマキョウレックス事件 -正社員と契約社員との間の待遇格差が問題とされたケース-

事案の概要

 ハマキョウレックス事件は,大手物流会社における契約社員と正社員との間の労働条件・待遇の格差が問題となった事案です。H支店で勤務する契約社員X(貨物自動車の運転手)が,会社(Y)に対して,労働契約法第20条に基づいて,①正社員と契約社員との間の『賃金』の差額の支払い,②正社員にのみ支給されている『諸手当』の支払い(無事故手当,業務手当,給食手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当),③正社員にのみ認められる“賞与”,“退職金”の支給を求めたという事案です。平成28年9月16日に言い渡しのあった大津地裁彦根支部の一審判決は,正社員は将来支店長等として被告会社の中核を担う可能性があること等の責任を有するが,契約社員は事業の中核を担う人材として育成されるべき立場にはないとして,賃金差額(①)や賞与・退職金の支給(③)のみならず,通勤手当以外の諸手当についてもこれを契約社員について支給しないとしても不合理な相違とは言えないとして,Xの労働契約法20条違反の主張を基本的にはしりぞけました。これに対し,平成28年9月16日に大阪高等裁判所が下した控訴審判決では,基本的な判断枠組みについては大津地裁彦根支部の一審判決を維持しつつ,通勤手当以外の無事故手当,作業手当,給食手当についても契約社員に対して不支給とすることは不合理な相違として労働契約法20条に違反するとし,一審と比べるとXに有利な判断を示していました。

最高裁判所の判断

 

〇 労働契約法20条の規定の意味内容
 労働契約法20条は,「有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解され」る。
〇 労働契約法20条の違反があった場合の有期契約労働者の労働条件
 同条の規定は「私法上の効力を有するものと解するのが相当であり,有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される」が,条文の文言上,「両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない」ことから,「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない」と解するのが相当であり,また,Y社においては,正社員に適用される就業規則・給与規程と,契約社員に適用される就業規則とが別個独立のものとして作成されていること等にも鑑みると,「両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,本件正社員就業規則又は本件正社員給与規程の定めが契約社員であるXに適用されることとなると解することは,就業規則の合理的な解釈としても困難」であるから,仮に本件賃金等に係る相違が労働契約法20条に違反するとしても,Xが,賃金等について正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求める本件確認請求には理由がなく,また,同一の権利を有する地位にあることを前提とする本件差額賃金請求も理由がない。
〇 労働契約法20条の「不合理と認められるもの」の解釈
 Xらは,労働契約法第20条の「不合理と認められるもの」とは“合理的でないもの”と同義であると解すべきと主張するが,「同条が『不合理と認められるものであってはならない』と規定していることに照らせば,同条は飽くまでも労働条件の相違が不合理と評価されるか否かを問題とするものと解することが文理に沿うものといえ」,また,「同条は,職務の内容等が異なる場合であっても,その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であるところ,両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては,労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い」から,同条にいう「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。
〇 大阪高裁が不合理とは認めなかった「住宅手当」「皆勤手当」の格差が労働契約法20条に違反するか

 本件の事実関係の下では,正社員のトラック運転手と契約社員のトラック運転手との間には,「両者の職務の内容に違いはないが,職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては,正社員は,出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか,等級役職制度が設けられており,職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて,将来,Y社の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し,契約社員は,就業場所の変更や出向は予定されておらず,将来,そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあ」り,そうすると,「住宅手当は,従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解されるところ,契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し,正社員については,転居を伴う配転が予定されているため,契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る」から,「正社員に対して上記の住宅手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえない」ので,労働契約法20条に違反するとは言えない。これに対し,皆勤手当については,「Y社が運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから,皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ,Y社の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから,出勤する者を確保することの必要性については,職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではな」く,また,実際に出勤する運転手を一定数確保するとの必要性は,「当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や,Y社の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるとはいえ」ず,さらに,Y社においては労働契約や就業規則で契約社員についても「会社の業績と本人の勤務成績を考慮して昇給することがあるとされているが,昇給しないことが原則である上,皆勤の事実を考慮して昇給が行われたとの事情もうかがわれない」から,「Y社の乗務員のうち正社員に対して上記の皆勤手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ」,労働契約法20条に違反すると解するのが相当である。
〇 大阪高裁が不合理な相違とした「無事故手当」「作業手当」「給食手当」「通勤手当」の格差が労働契約法20条に違反するか
 「無事故手当は,優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的として支給されるものであると解されるところ,Y社の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから,安全運転及び事故防止の必要性については,職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではな」く,また,安全運転及び事故防止の必要性は,「当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や,Y社の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるものではな」いから,「Y社の乗務員のうち正社員に対して無事故手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ」,労働契約法20条に違反する。
 「作業手当は,特定の作業を行った対価として支給されるものであり,作業そのものを金銭的に評価して支給される性質の賃金であると解される」ところ,「Y社の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異なら」ず,「また,職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることによって,行った作業に対する金銭的評価が異なることになるものではな」いから,「Y社の乗務員のうち正社員に対して上記の作業手当を一律に支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ」,労働契約法20条に違反する。
 「給食手当は,従業員の食事に係る補助として支給されるものであるから,勤務時間中に食事を取ることを要する労働者に対して支給することがその 趣旨にかなうものである。しかるに,Y社の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異ならない上,勤務形態に違いがあるなどといった事情はうかがわれ」ず,また,「職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは,勤務時間中に食事を取ることの必要性やその程度とは関係がない」から,「Y社の乗務員のうち正社員に対して上記の給食手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ」,労働契約法20条に違反する。
 「通勤手当は,通勤に要する交通費を補塡する趣旨で支給されるものであるところ,労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではな」く,また,「職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは,通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない」から,「正社員と契約社員であるXとの間で上記の通勤手当の金額が異なるという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ」,労働契約法20条に違反する。

その2)長澤運輸事件 -正社員と定年後再雇用職員との間の待遇格差が問題とされたケース

事案の概要

長澤運輸事件は,従業員数約100名の貨物運送会社(Y)において,定年退職後に嘱託乗務員(有期雇用)として再雇用された運転手(3名。Xら)が,定年前と全く同じ業務に従事しているにもかかわらず賃金総額で2割強減額されたことは労働契約法第20条に違反しているとして,主位的に嘱託乗務員についても正社員の就業規則・賃金規程等が適用されるべきであるとして賃金差額の支払いを,予備的に賃金差額に相当する損害賠償の請求を求めたという事案です。ハマキョウレックス事件と同様,物流会社のトラック運転手として働く非正規職員の事案ですが,60歳で定年年齢を迎え,その後,再雇用された従業員の事案という点で違いがあります。
 1審の東京地裁は,平成28513日,Xらの請求をほぼ全面的に認める判決を下しましたが,2審の東京高裁は,定年後再雇用時の賃金引き下げは社会で一般的に行われており,「2割程度の賃金減額は社会的に許容される」として,逆にXらの請求を全面的にしりぞけました。この判決を不服としてXらが上告したのが本事案です。

最高裁判所の判断

〇 労契法第20条に示された不合理性の判断要素のうち「その他の事情」の扱い -“職務内容及び変更範囲に関連する事情”に限られるか?-
 「Y社における嘱託乗務員及び正社員は,その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく,業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから,両者は,職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲において相違はないということができる」が,「労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく,使用者は,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するもの」であり,また,「労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きい」と言うこともできる。そうすると,「労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,『その他の事情』を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たら」ない。
〇 Xが定年退職後に再雇用された者であることを「その他の事情」として考慮することができるか
 「Y社における嘱託乗務員は,Y社を定年退職した後に,有期労働契約により再雇用された者である。定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としな
がら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる」から,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,労働契約法20条にいう『その他の事情』として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
〇 嘱託乗務員と正社員との賃金格差の比較方法
 「Y社における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ,労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合,個々の賃金項目に係る賃金は,通常,賃金項目ごとに,その趣旨を異にするものであるということができ」るから,「有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべき」であり,「そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当」である。
〇 嘱託乗務員と正社員との各賃金項目における格差が不合理なものと認められるか
* 嘱託乗務員について能率給・職務給を支給していない点
 「嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,Y社は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている」などの事情を総合考慮すると,「正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえ」ず,労働契約法第20条に違反するものとは言えない。
* 嘱託乗務員に精勤手当を支給していない点
 「Y社における精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる」が,「Y社の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はない」というべきである。「嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることには,Y社が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが,精勤手当は,従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから,歩合給及び能率給に係る係数が異なることをもって,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない」から,正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法第20条に違反する。
* 嘱託乗務員に住宅手当・家族手当を支給していない点
 「Y社における住宅手当及び家族手当は,その支給要件及び内容に照らせば,前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として,後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として,それぞれ支給されるもの」ということができ,「いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるもの」であるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,各手当を支給する趣旨に照らして,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解される。「Y社における正社員には,嘱託乗務員と異なり,幅広い世代の労働者が存在し得るところ,そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由がある」ということができ,他方,「嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告人から調整給を支給されることとなっている」などの事情を総合考慮すると,「正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえ」ず,労働契約法第20条に違反するものとは言えない。
* 嘱託乗務員に役付手当を支給していない点
 「Xらは,嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として,役付手当が年功給,勤続給的性格のものである旨主張しているところ,Y社における役付手当は,その支給要件及び内容に照らせば,正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ,Xらの主張するような性格のものということはできない」から,「正社員に対して役付手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると」は言えない。
* 嘱託乗務員の時間外手当の算定基礎に精勤手当が含まれない点
 「Y社は,正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ,割増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれない」が,前述の通り「嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは,不合理であると評価することができるものに当たり,正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は,不合理であると評価」することができ,労働契約法第20条に違反する。
* 嘱託乗務員に賞与が支給されない点
 「賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るもの」であるところ,「嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されてい」ているし,「また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定され」ているなど,Y社の嘱託乗務員の賃金体系は,「嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている」ことなどに照らすと,「嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえ」ず,労働契約法第20条に違反するとは言えない。

解説

1,2つの最高裁判決の位置づけ 
 最高裁判所は,同じ日にこの2つの判決を下しています。ただ,ハマキョウレックス事件は,正社員と非正規社員(契約社員)との間の労働条件の格差が問題とされた事案であるのに対し,長澤運輸事件は,有期労働者の中でも定年後再雇用された嘱託乗務員と正社員との労働条件の格差が問題とされた事案であることから,前者の判決の方が,より一般的なケースについての広い射程距離を持った判断であると言えると思います(実際,最高裁は,先にハマキョウレックス事件の判決の言い渡しを行っていて,その2時間後に言い渡された長澤運輸事件の判決では,ハマキョウレックスの判示部分を数多く引用しています)。労契法第20条の適用が想定される典型的な事案について,最高裁としての基本的な判断枠組み,解釈基準を明らかにしたのがハマキョウレックス事件の最高裁判決であり,正社員(無期契約労働者)と契約社員など有期契約労働者との労働条件の格差(判決では“相違”という表現が使われています。)をどのように処理すべきかについて,非常に重要な判断基準を提供していると言えます。
2,労働契約法第20条の基本的意義
 労働契約法第20条は,「期間の定めがあることによる」不合理な労働条件の相違を設けることを禁止した規定です。他方で,期間の定めがあることにより労働条件に差をつけることがすべて禁じられているのかというとそうではなく,「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と条文にあることから,『職務内容』,『配置の変更の範囲』(=人材活用の仕組み),『その他の事情』を理由とする一定の相違があっても不合理ではないとされる場合があることになります。この点について,正社員と有期社員との間で「職務内容」および「人材活用の仕組み」が同一である場合には,労契法第20条により同一の待遇が要求されることになるとの説(均等待遇説)も有力に唱えられていたのですが,最高裁は,「職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定」であると判断しました(均衡待遇説)。
3,労働契約法20条の違反があった場合の有期契約労働者の労働条件
 労契法第20条が職務内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定として理解すると(均衡待遇説),労働条件の違いに不合理性が認められた場合であっても,労契法第20条の規定を根拠にストレートに正社員(無期契約労働者)と同一の労働条件の適用を求めることはできません。賃金格差の是正を求めるようなケースでは,就業規則等に特別な補充規範が存在するような場合でない限り,労契法第20条の違反は損害賠償請求という形で処理されることになります。
4,「不合理と認められるもの」,「その他の事情」の解釈
 今回の最高裁判決で一般の人にわかりにくいのは,この労契法第20条の「不合理と認められるもの」の解釈を示している部分ではないかと思います。最高裁は,労契法第20条が禁止しているのは,労働条件に不合理な格差を設けてはいけないということであって,格差が合理的であることを求めているわけではない,という趣旨の論理を展開しています。しかし,不合理であってはならない=合理的でなければならない,と考えるのが一般的な国語の解釈ではないかと思います。しかも,「不合理と認められる」か否かの判断に際しては,労使間の交渉の経緯や使用者の経営判断なども尊重すべきという趣旨の一文も入っているため,いかなる場合に労働条件の相違が不合理と判断されることになるのか,非常に予測しにくい判断枠組みになってしまっていると言えます。
5,「その他の事情」として斟酌し得るもの

 4にも関連することですが,長澤運輸事件においては,「その他の事情」としてXが定年後再雇用された者であるこという事情を考慮できるかが争点となり,最高裁は,「その他の事情」には「職務の内容」「職務の内容及び配置の変更の範囲」と特に関連を持たないものまで判断要素として取り込むことができ,Xが定年後再雇用された者であることも,まさに「その他の事情」として判断要素となることを明らかにしました。この結果,労契法第20条の適用が争われている事案のうち,定年後再雇用された有期労働者の事案においては,企業側が高年法の改正に伴い定年後再雇用に対応することになった経緯や実際の対応経過などがある程度尊重されることになりそうです。
6,具体的な賃金項目についての判断
 最高裁は,ハマキョウレックス事件においては,一時金(賞与),退職金,住宅手当を除いた5つの手当について,これを契約社員に支給しないこととしていることについて不合理性を認めました。各手当の性格,支給目的と正社員・契約社員の職務の内容等との対比において,格差を設けることが不合理と認められるとしている部分については,説得力がありますし,他の事案においても非常に参考になると思います。住宅手当を契約社員についてだけ支給していない点について,契約社員には転居を伴う配転が予定されていないことを根拠に不合理とは言えないとする判断も,職務内容・人材活用の仕組みにかかわる違いがあることの結果と捉えれば,やむを得ないところかもしれません。
 最高裁は,長澤運輸事件においては,正社員と定年後再雇用の嘱託乗務員との間の格差のうち,精勤手当を支給しないこととしている部分についてだけ不合理性を認めました。ただ,注意しなければならないのは,この長澤運輸の事案では,労使交渉の結果,Y社からXらに対して老齢年金受給開始年齢までは調整額が支給されることになっており,また,支給される賃金総額も定年退職前の約80%の水準となっていることが,不合理性を否定する判断につながっているということです。つまり,長澤運輸事件の最高裁判決から,“定年後再雇用の場合には,労働条件に差をつけることが許される”という一般的な基準を読み取ることはできないのであって,不合理性が認められるか否かはあくまで個別の事案によって異なってくるということです。