幸町たより 弁護士ブログ

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〔lawyer’ blog〕✍ ある雇止め事件の解決

10月に入り,遂に消費税が10%にアップしてしまいました。9月の最終週の週末は,ビール,洗剤,ティッシュペーパー,トイレットペーパーなどをまとめ買いし,ガソリンも満タンにしました。事務所でもプリンターのインクやコピー用紙などを大量に購入。へたりのきていたお客様用のスリッパもこの機会に買い替えました。せめてもの“抵抗”と思って汗をかきましたが,計算してみるとたいした節約になっていないことがわかってがっくり(笑)。野党の中では増税が目前という時期になって,急に消費税の廃止,税率の見直しに向けた共闘の動きが出てきましたが,そういった議論は参議院選挙前にもっとしっかりして欲しかった。消費税増税で,経済的弱者の負担は増えて格差も拡がるばかり。与党も巻き込んで議論が深まるとよいなと思うのですが,首相の所信表明演説を聞いていると彼の頭の中は“憲法改正”で一杯のよう。とても期待できそうもありません。

そんなドタバタした月末でしたが,この事務所の開設をはさんで3年半余り取り組んできたある労働事件が解決しました。大手企業の北関東支社で10数年にわたって勤務していた契約社員のWさんが,能力の不足を理由に突然雇止めされたという事件。2013年4月に施行された労働契約法によって,Wさんは会社に無期契約への転換を要求できるはずだったのですが,その直前,無期化するには一定期間内に能力等級3級に昇級する必要があるという新しい人事制度が導入され,昇級の未達成を理由に雇い止めが強行されたため,こうした人事制度の導入は労働契約法18条の規定を潜脱するものではないかということで世間的にも注目を集めた事案でした。この制度で雇止めされた社員は多数いましたが,裁判の原告となったのはWさんただ一人。労働組合での活動経験など全くない普通の女性社員だったWさんでしたが,「女性ユニオン東京」という個人加盟できる労働組合のバックアップも得ながら,立派に3年余に及ぶ裁判を闘い抜きました。

先月末にあった報告集会で,Wさんから「弁護団の皆さんとの打ち合わせがなくなると思うと今となっては淋しい。ぜひ同窓会をお願いしたい。」と言っていただけたのはとても嬉しかった。私にとっても忘れられない事件の一つになりました。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 大西鐵之祐監督のこと

NHK-BSスペシャル「50年前 日本ラグビーは世界に迫った~伝説のイングランド戦~」を見ました。大西鐵之祐監督率いる日本代表が,ラグビーの母国イングランド代表を相手に勝利まであと一歩と迫った伝説の試合を関係者へのインタビューを交えて掘り下げるというもの。この試合が行われたのは1971(昭和46)年9月のこと。当時,私はまだ8歳。スポーツ大好き,テレビも大好きの小学生ではありましたが,さすがに生でこの試合を見た記憶はありません。日本代表が好プレーをしたシーンばかりで番組が構成されていたということもあるとは思いますが,それを割り引いても,素晴らしいラグビーをしたものだと少なからず感動を覚えました。

大西鐵之祐監督と言えば,“早稲田ラグビー”の危機を何度も救ってくれた,早稲田にとっては神様のような存在です。1962(昭和37)年には,対抗戦Bブロックに転落していた早稲田を1シーズンでAブロックに復帰させ,しかも,ライバル明治にも勝利しました。日本代表監督を退いた後の1981(昭和56)年には,長期低迷状態にあった早稲田の再建をふたたび託され,本城,吉野らを擁して対抗戦で連戦連勝。全勝同士の対戦となった明治との試合にも勝利して,久しぶりの対抗戦優勝を果たしました。当時,私は早大学院の3年生。大西監督は,1977(昭和52)年に早大学院ラグビー部のヘッドコーチに就任し,母校を花園・初出場に導いていて,81年の大学のチームにも,寺林,安田,野本といった学院時代に大西監督の薫陶を受けた選手たちが名を連ねていたので,後輩としては応援に自然と力が入りました(対抗戦優勝を受けて意気込んで応援に行った大学選手権の準決勝では明治に敗れてしまいましたが…)。

大学1年の時,一度だけ大西監督の講義を受けたことがあります。なぜ法学部生だった私が大西監督の講義を受けることになったのか自分では思い出すことができなかったのですが,同級生に聞いてみると,どうやら大西監督の講義が一般教養・保健体育の科目に含まれていて,抽選にあたった学生だけが講義を聞くことができた,ということのようです。早稲田の復活で湧いたシーズン後のことでしたから,学生で一杯の教室に監督が姿を見せると大きな拍手。「俺は心臓が悪いんだ。俺が倒れたらポケットのニトロを飲ませろよ。」なんてドキッとする発言から講義が始まり,スポーツ論,スポーツとナショナリズムなどについて熱く話をしてくれました。

今回のNHKの番組でひとつ残念だったのは大西監督の肉声が入っていなかったこと。人をぐっと惹きつける話術を持った方と記憶していただけに,生前のインタビューなどを探して番組に組み込んでもらいたかった。

大西監督が鬼籍に入られたのが1995(平成7)年のこと。当時,世界に全く歯が立たなかった日本ラグビーは,この10数年の間に劇的な変化を遂げました。今の日本代表のプレースタイルを大西監督はどう評されるのか。ラグビーのW杯,いよいよ今週金曜日に開幕を迎えます。

〔lawyer’ blog〕✍ 「夏空」と子育て

暦は9月になりました。夏休みの間,事務所の前にある公園の広場はたくさんの子どもたちで賑わっていましたが,それも昨日で終わり。今日から2学期が始まりました。ようやく騒々しさが治まるなとほっとする反面,ちょっと淋しい気もします。

夏の終わりとともに,朝ドラ『夏空』も残すところあと1ヶ月になりました。ここのところ,なつと一久さんとの間に生まれた優ちゃんの愛くるしさに毎日癒やされているのですが,それと同時に,なつらが子どもの預け先を探すのに苦労する姿を見ていて,昭和のあの時代に“共働き”で子育てをすることの大変さに思いを馳せていました。

私も“共働き”の家庭で育てられ,子どもの頃は本当に色々なところに預けられ,色々な人たちに可愛がってもらいました。3歳までは借家から10分少々のところで子どもを預かってくれる一般家庭に預けられました。4歳からは母の勤務先(ろう学校でした。)の近くの幼稚園に入ったのですが,幼稚園は早く終わってしまうので,その後は母の仕事が終わるまで学校の用務員さんの部屋に預けられました。「保育園」には小学校にあがる直前の半年間だけ,0歳の妹と一緒に通いました。乳児保育はまだ珍しい時代でした。小学校にあがってからの最初の2年間は“鍵っ子”の生活でした。団地の上の階で活版印刷の内職をしていたおばさんのところに行き,よくおやつをもらいました。当時,私が住んでいたK市にはまだ学童保育がありませんでした。学童保育を作るよう市と交渉した母から,当時のK市長が「あなたたちはホトトギスか」なんてトンデモ発言をして,それでお母さんたちの運動に一気に火がついたなんてエピソードを聞かされたことがあります。そうやってようやくできた学童保育に3・4年生の時は入りました(が,正直,あまり面白いところではありませんでした)。

そんな時代からもう半世紀。でも,働くママさん(パパも)たちの子育ての環境には相変わらずの部分も多いようです。“保育園落ちた 日本死ね”って,一体,いつの時代の話しだよってことですよね。この国では,現代の働くママさん,パパさんは,なつと一久さんと同様,いつまでも戦わなければならないみたいです。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 本所,向島界わい

先週,相続財産管理人としてもう3年以上も管理を続けているマンションの賃借人が退室したということで,物件の状態を確認しておこうと現地に行ってきました。墨田区向島にある古いマンションの一室が管理している物件。半蔵門線の押上駅近くにある不動産屋に鍵を預けているので,まず,都営浅草線の本所吾妻橋駅で降りて,浅草通りを東にこのお店に向かいました。

途中,通りの右手に幟が立ったビルの姿が目に入りました。江戸初期に創建された「春慶寺」という日蓮宗のお寺。池波正太郎の「鬼平犯科帳」の中で,鬼平の剣友,岸井左馬之助の寄宿先として何度か登場するお寺が,今では5階建てのビルに姿を変えているのでした。

不動産屋で鍵を受け取り,マンションがある向島に向かいます。地図で下調べをすると1km少々だったので徒歩でも楽勝と考えていたのですが,当日は40度近い大変な猛暑。日射しを遮る街路樹もなく,スカイツリーラインの踏切を渡ったあたりから意識が朦朧としてきました。吹き出してくる汗を拭いながら都立本所高等学校の前を通りかかると,歩道に案内板が立っています。森鴎外旧居跡の案内板。10歳の時に父とともに津和野から上京した鴎外は,東向島のこの地にあった家から東京医学校予科(現在の東大医学部)に通っていたのだそうです。

本所・向島界わい,ぶらりと散歩をするにはとても楽しそう。でも,この炎天下に3kmも歩いたのは大失敗で,翌日,体調を崩してしまいました。この暑さ,しばらく続くようです。皆さまもどうぞご自愛ください。

〔lawyer’ blog〕✍ Shipbuilding

NHK-BSプレミアムの「the Covers」を見ました。毎週月曜日の深夜に放送されていたこの番組,最終金曜日の深夜,月1回の放送になってしまってからは,見逃してしまうこともあるのですが,日曜夜の「関ジャム完全燃SHOW」とともに楽しみにしている音楽番組です。今回のゲストは,ミュージカル界のプリンス,井上芳雄さん。私はミュージカルには関心がなく,あまり期待せずに見ていたのですが,いや凄かった。歌詞が前に飛び出してくるというか,言葉の輪郭がはっきりしているというか,ともかく説得力のある歌い方なのです。椎名林檎の「人生は夢だらけ」,松田聖子の「瑠璃色の地球」も良かったと思いますが,個人的には斉藤和義の「歌うたいのバラッド」が最高でした。井上さんの歌,ぜひ生で聴いてみたいものです。

番組の中で,MCのリリー・フランキーさんが,松本隆が書いた「瑠璃色の地球」の歌詞について,反戦のメッセージもこめられているといったコメントをしていました。
“争って傷つけあったり 人は弱いものね”
“一つしかない 私たちの星を守りたい”
良い歌だとは思っていましたが,改めてこう歌詞を追っていくと,確かに,平和への祈り,反戦,そんなメッセージもこめられているのかも知れません。

反戦歌というと,古いところではピート・シーガ-の“Where have all the flowers gone?”,ジョン・レノンの“Imagine”,新しいところだとR.E.Mの“Orange Crush”あたりが浮かんできますが(もう10年以上前の曲になるのか…。),エルビス・コステロの“Shipbuilding”も名曲です。サッチャー政権下で起きたフォークランド紛争に抗議して作られた曲。造船所で働く労働者たちが,操業の再開が何を意味するのか,何をもたらすのかを考えながらも,工場で働くしかないという内容。チェット・ベーカーの哀愁を帯びたトランペットをバックにコステロ自身が歌う元歌も素敵ですが,ロバート・ワイアットがカバーしたヴァージョンが何と言っても素晴らしい。

Is it worth it?
A new winter coat and shoes for the wife
And a bicycle on the boy’s birthday
It’s just a rumor that was spread around town
By the women and children
Soon we’ll be shipbuilding…
Well I ask you
The boy said “Dad they’re going to take me to task, but I’ll be back by Christmas”
It’s just a rumor that was spread around town

Somebody said that someone got filled in
For saying that people get killed in
The result of this shipbuilding
With all the will in the world

Diving for dear life
When we could be diving for pearls
It’s just a rumor that was spread around town
A telegram or a picture postcard
Within weeks they’ll be re-opening the shipyards
And notifying the next of kin
Once again
It’s all we’re skilled in
We will be shipbuilding…

自衛隊の艦船がイランのホルムズ海峡に向かう… そんなシーンが決して起こりませんように。

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