交通事故の加害者側の保険会社からの賠償額に不満がある場合

交通事故で負傷したケガの治療を終えたところ,加害者が加入していた任意保険の会社から賠償額の提示を受けました。 提示された金額が適切なものであるのか,よくわかりません。 これを受け入れて示談に応じるほかないのでしょうか? 金額に不満があったら,どうすればよいのでしょうか?

任意保険会社からの賠償額の提示

3つの支払基準:「自賠責基準」「任意保険基準」「裁判基準」

交通事故による被害を補填するための自動車保険には,「自賠責保険」と「任意保険」とがあります。

「自賠責保険」は,自動車損害賠償保障法という法律によってすべての自動車に加入が義務づけられている強制保険です。交通事故の被害者保護のための最低限度の保障を目的としているため,補償範囲は限定的です。物損については対象としていませんし,人身損害(死亡,負傷による損害)についても,支払額には上限が設けられています。死亡による損害は3000万円,後遺症を除くケガの保障は120万円,後遺症については障害等級に応じた金額が定められています(第1級3000万円~第14級75万円。なお,神経系統・精神・胸腹部臓器に著しい障害を残して介護が必要な場合については,第1級(常時介護)が4000万円,第2級(随時介護)が3000万円)。

自賠責保険によっては損害を補てんできないときに対応するための自動車保険として商品化されているのが「任意保険」です。このうち,人身損害を補てんするための商品を対人賠償保険と言います。
この任意保険の支払基準については,各損害保険会社が独自の支払基準を決めています。法律で金額が決められている自賠責保険とは異なり,その内容は一般には明らかにされていません。それぞれの損害保険会社が独自の支払基準を決めています。
質問の中で保険会社から示された賠償額というのは,任意保険会社が独自に決めた支払基準に基づいて積算されたものということになります。

これに対して,交通事故の民事損害賠償事件に関する過去の裁判例によって示された賠償額の支払基準を一般的に「裁判基準」と言います。「裁判基準」と言っても,裁判所がこの基準を公表している訳ではありません。交通事故に関する裁判例を調査・研究し,それを踏まえた賠償基準を示している書籍(「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」[日弁連交通事故相談センター東京支部])があり,この書籍に示された賠償基準を一般的には「裁判基準」と言っています。3つの基準の中では,「裁判基準」が最も賠償額を高く設定しています。

任意保険会社の提示額を見直させる方法

任意保険会社が提案してくる賠償額は,特殊なケースを除けば,「任意保険基準」によって積算されたものになります。したがって,「裁判基準」を使って積算した場合と比べると低額の提示にとどまっていることが多い,ということになります。任意保険会社も営利企業であるため,保険金支払い額をできるだけ抑制しようとしてこのような対応をしてくるのが一般的なのです。

それでは,任意保険会社の提案額をどうすれば見直してもらえるのでしょうか。
お金をかけずに見直しを求めるということになると,ア)自分で保険会社と交渉するか,イ)「公益財団法人交通事故紛争処理センター」に和解あっせんの申し立てをするということが考えられます。

  • 被害者ご自身での交渉
    自分で保険会社と交渉するためには,まず,裁判基準で積算した場合に具体的にどのくらいの賠償額の支払いを受けられる可能性があるのかを知っておく必要があります。
    書籍やネットを使って自分で調べることも不可能ではありませんが,交通事故に関しては各地の弁護士会,自治体で無料の法律相談を行っていますので,そちらで計算をしてもらうとよいでしょう(もっとも,限られた時間の相談では,正確なアドバイスを受けられないこともありますのでご注意ください)。
    ただ,裁判基準ではこうなるはずだと保険会社の担当者に指摘をしてみても,指摘した金額で示談に応じてもらえるとは限りません。
    話し合いで解決を図る場合には裁判基準満額での支払いには応じることはできない,といった対応をされてしまうことも多いのではないかと思います。この場合は,弁護士への委任や第三者機関への申し立てを検討せざるを得ないでしょう。
  • 交通事故紛争処理センターの利用
    交通事故紛争処理センターの和解あっせん手続は,交通事故の被害者であれば誰でも簡単に利用することができます。
    電話で予約をし,指示された資料をもってセンターに行けば,担当弁護士からアドバイスを受けることができ,あっせんが必要と判断されれば,保険会社の担当者を呼び出して裁判基準による賠償額の調整をしてもらうことができます。
    また,保険会社があっせんに応じない場合には,審査という手続で賠償額を決めてもらうこともできます。
    “無料”で利用できる非常に使い勝手のよいADR(裁判外紛争解決手続)です(手前味噌ですが,私も交通事故紛争処理センターさいたま相談室の嘱託弁護士を務めています)。交通事故紛争処理センターのHP

    ただ,事故状況や損害の内容についての当事者の主張の隔たりが大きく,紛争処理の前提としての事実の把握が困難な事例であるとか,適切な賠償額を決めるためには医学的判断が前提となってくる事例等については,交通事故紛争処理センターのあっせん手続では解決が図れないということがあります。
    また,交通事故紛争処理センターでは裁判基準を用いた解決を図りますが,遅延損害金や弁護士費用(代理人を就けて申し立てをした場合)も含めて賠償額として認めてもらうことは一般的には困難です。

弁護士への依頼

自分で交渉することはできないし,紛争処理センターに行くことも難しいという場合には,やはり弁護士に事件を依頼することになると思います。
保険会社が提示している金額と裁判基準に基づいた賠償額とを比べると倍以上になるということも珍しいことではありません。
保険会社からの提示額に少しでも疑問を感じたら,まずは弁護士に相談してみることをお勧めします。

2017年11月7日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai