請求できる損害項目(人身事故の場合)

交通事故の被害に遭った場合,どのような賠償を受けることができるのでしょうか。人身事故と物損事故とに分けてその主なものを説明します。まず,人身事故について説明します。

1)治療費
治療費については,必要かつ相当な実費全額について賠償を受けることができます。裏を返すと,必要性,相当性を欠いた治療費については,支払いが受けられないということになります。医学的な見地から治療の必要性,合理性が認められない“過剰診療”や診療行為に対する報酬が社会一般の水準と比べて著しく高額な“高額診療”がこれにあたります。

❏ 接骨院,整骨院,鍼灸院などの治療費
接骨院・整骨院や鍼灸,マッサージなどの施術費用は,整形外科の医師の指示を受けて通院したものであれば治療費として認められます。医師の指示がない場合であっても,施術により症状の改善,効果があったと言えれば必要かつ相当な治療費と言えるのですが,加害者側の保険会社はこれを争ってくることが多いので注意が必要です。

❏ “症状固定”後の治療費
治療を進めていって,これ以上治療を継続しても効果があがらず,回復が見込めない状態を「症状固定」と言います。交通事故で支払いを求めることができるのは,この症状固定までの治療費で,症状固定後の治療費は,原則として被害者自身の負担となってしまいます。症状固定となっても,痛みなどが残ってしまい,治療を続けざるを得ないということもあり得ますが,後遺障害慰謝料のなかに症状固定後の治療費も含まれるものとして処理されるのが一般です。

2)付添費用
1994年の健康保険法改正によって付添看護は廃止され,現在では,すべての病院が看護師,職員による看護を行うようになっていて,自前で看護をする必要はありません(いわゆる完全看護)。そうなると,交通事故でケガをして入院をしている期間中の付添費用を加害者に請求できるのかが問題になってきます。
日弁連交通事故相談センター東京支部の「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(「赤本」と一般的には呼ばれています)では,入院付添費については,「医師の指示または受傷の程度,被害者の年齢等により必要があれば職業付添人の部分には実費全額,近親者付添人は1日につき6500円が被害者本人の損害として認められる」とされており,さらに,症状の程度や被害者が幼児,児童である場合については,「1~3割の範囲で増額を考慮することがある」とされています。一般的には,ケガが重傷である場合や年少者の場合などについては,近親者の付添費用は認められ易いと言えるでしょう。

3)入院雑費
入院をするとおむつ代,シーツ代など色々な雑費がかかります。先ほどの「赤本」では,1日につき1500円を入院雑費の一応の基準としています。

4)通院交通費
交通事故のケガの治療で病院に通院する場合,公共交通機関ではなくタクシーを利用するということもあるでしょう。通常は公共交通機関を利用する場合の交通費しか認めてもらえませんが,症状などによりタクシーを利用することが相当と言える場合には,タクシー料金を請求することができます。
自家用車を使って通院した場合には,ガソリン1ℓで10km走行すると想定し,1km=15円としてガソリン代相当額を支払うのが相場のようです。

5)家屋・自動車改造費等
重度の後遺症が残ったケースが中心になりますが,浴室,トイレ,玄関,自動車などの改造が必要になった場合に,これらの改造費を請求することができます。また,それまでの住居を改造することが難しい場合には,改造費とは別に転居費用も損害として認められます。

6)葬儀関係費
被害者が亡くなった場合の葬儀費用は,交通事故にあわなければ支出する必要がなかった費用ですから,損害賠償を求めることができます。ただし,かかった費用の全額を請求できる訳ではありません。葬儀へのお金のかけかたは地域の慣習等によってもかなりばらつきがありますし,人はいずれ死亡し,葬儀費用が必ず必要になるということもあるため,150万円を上限に認めるというのが実務になっています。

7)休業損害
交通事故でケガをして,仕事を休まざるを得なかったという場合には,交通事故による休業がなかったならば得ることができたはずの収入・利益を損害として賠償請求することができます。休業損害の賠償の原則は,現実に収入が減った分を請求する,ということになります。

[会社員の休業損害]
 会社員であれば,勤務先に「休業損害証明書」を作成してもらうことになります。休業損害証明書には,事故によって会社を休んだ期間,事故前に支払われていた給与月額,稼働日数などを記入してもらい,これをもとに休業損害が計算されることになります。

[自営業者の休業損害]
自営業者の場合には,「事故前の年収」が休業損害を求める基礎収入となります。事故前年度の所得税申告所得額を365日で割って,1日当たりの基礎収入を求めます。ただ,自営業者の場合,申告所得額が実際の収入を正確に反映していないということがしばしばあります。納税との関係では問題がありますが,例えば,私的な支出を経費として計上しているケースなどです。実収入額が確認できる資料(通帳,領収書,会計帳簿など)を提出して,実態にあった基礎収入をもとに休業損害を計算してもらう必要があります。

[主婦の休業損害]
主婦の場合には,ケガによって家事ができなかったということであれば,家事労働分の休業損害について賠償を求めることができます。
主婦の休業損害の算定に用いる基礎収入は,裁判基準(*)では,賃金センサスという厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果のうち,事故が発生した年の女性学歴計・全年齢平均収入を用います。平成28年度のこの数字は376万2300円ですから,日額にすると1万307円になります。自賠責基準(*)では,日額5700円で計算されます。
家事労働の休業損害を請求をする場合には,休業日数もよく問題になります。会社員であれば現実に仕事を休んだ日を事故による休業とみなし易いのに対し,家事労働については「休業」を観念しにくいためです。自賠責基準では,原則として実通院日数を休業日数としています。
* 裁判基準,自賠責基準の意味については,別ページ(※)をご参照ください。

[無職者の休業損害]
事故前に無職だったという場合には,収入の実績がないことになるので休業損害の賠償を求めることはなかなか難しいのですが,求職活動中で就職が決まりそうだったというように,就労の蓋然性がある程度あると言える場合には,請求することができます。

8)逸失利益の賠償
「逸失利益」というのは,将来得られるはずであった収入が得られなくなることによる損害のことを言います。交通事故では,被害者に後遺症が残ってしまった場合の後遺症逸失利益,被害者が亡くなられてしまった場合の死亡逸失利益が問題になります。

① 後遺症の逸失利益
交通事故でケガをして治療を受けたが,症状が残ってしまい,将来にわたって回復が見込めず,従前通りには働けないという場合の損害が後遺症逸失利益です。
賠償を受けられる後遺障害と認められるためには,事故とそのケガの症状との間に因果関係があり,かつ,後遺障害の存在が医学的に説明できること,そして,その後遺症状により労働能力の喪失・低下を伴うものであることなどが要求されます。これらの要件を充足していることを,医師の意見書等を使って直接裁判で立証していくこともできますが,一般的には,自賠責保険の後遺障害等級認定手続を先に行い,その認定結果を利用して逸失利益の賠償請求をするのが一般的です。
自賠責保険の後遺障害等級は,最も重い第1級から最も軽い第14級まで14段階に分けられています。そして,この後遺障害等級に応じて労働能力喪失率(どの程度の割合で労働能力が失われてしまったのかを表す数字)が定められています。第1級から第3級までは100%,最も軽い第14級が5%とされています。
後遺症逸失利益は,この労働能力喪失率も使って,次のような計算式で求められます。

後遺症逸失利益 = 基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

労働能力喪失期間は,原則として67歳まで働けるという前提で計算することになっています。例えば,後遺障害が残った時に50歳だったというケースでは,労働能力喪失期間は17年間ということになります。既に67歳を超えている方や,高齢で症状固定時の年齢から67歳までの年数が簡易生命表による平均余命の2分の1より短くなる方の場合には,平均余命の2分の1の期間を労働能力喪失期間とします。例えば平成26年の症状固定時に56歳だったという男性の場合,67歳までの期間は11年ですが,平成26年簡易生命表による56歳男子の平均余命は26.80年とされており,その2分の1は13.4年で67歳までの11年よりも長いので,労働能力喪失期間は13年として計算します。

② 死亡による逸失利益
交通事故によって被害者が亡くなられた場合にも,存命していれば収入を得られたはずですので,その減収分を逸失利益として請求することができます。他方で,被害者が存命していれば,その分の生活費が必要になってきますので,最低限の生活費については控除されることになります。
家族の中でどのような立場の人が亡くなったかにより,生活費控除率が変わってきます。例えば,独身男性の場合には,生活費を比較的よく使うと想定されていて,生活費の控除率は50%と高めになっています。これに対し,被扶養者が2人以上いる一家の支柱としての立場にあった人の場合には30%とされています。
死亡による逸失利益は,この生活費控除率も使って,次のような計算式で求められます。

死亡による逸失利益 = 基礎収入×(1-生活費控除率)✕労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

❏ ライプニッツ係数と民法改正
ライプニッツ係数というのは中間利息を控除する係数です。後遺症逸失利益は,将来にわたる減収を一時金として受領するものであるため,中間利息を控除した金額を積算する必要があります。この計算に用いる係数にはいくつかあるのですが,年5%の法定利率で期末払い,複利運用するものとして中間利息を控除するライプニッツ係数を用いるのが現在の実務では一般的です。
ところで,年5%という法定利率の水準については,実態と乖離しているという批判が以前からありました。平成29年5月26日に国会で可決された改正民法では,法定利率は当初は年3%とされることになっています。このため,後遺症逸失利益などの計算に用いられるライプニッツ係数にも,今後,影響が出てくることになります。

9)慰謝料
交通事故の被害者が加害者に対して請求できる慰謝料には,入通院慰謝料(障害慰謝料),後遺症慰謝料,死亡慰謝料があります。

① 入通院慰謝料
入通院慰謝料は,交通事故の被害に遭い,ケガをして入・通院を強いられることにより被害者が被る肉体的・精神的な苦痛に対して支払われる金銭です。本来,慰謝料を算定するには様々な要素を考慮することができるはずなのですが(例えば,加害者側の不誠実な態度,謝罪の有無など),毎日無数に発生する事故の賠償額にばらつきが生じるのは好ましくないということで,交通事故の賠償額は定額化される傾向にあります。入通院慰謝料についても同様で,基本的には入通院期間を基礎として算定されることになっています。
日弁連交通事故相談センター東京支部の「赤本」でも,この入通院慰謝料の基準を表にしています。ネットでも検索できると思いますので,興味のある方は探してみてください。

② 後遺症慰謝料
後遺症の程度によって慰謝料の額が変わります。先ほどの「赤本」では,第1級の後遺障害については2800万円,最も軽度の第14級については110万円を基準としています。

③ 死亡慰謝料
交通事故の被害に遭った方が亡くなられた場合の慰謝料は,亡くなった被害者本人が受けた精神的苦痛に対する慰謝料と,被害者の死亡によりその近親者が受けた精神的苦痛に対する慰謝料(近親者固有の慰謝料)とに理屈の上では分けることができます。ただ,ここでも交通事故による損害賠償額を定額化する要請から,死亡慰謝料として支払われる金額の総額については,近親者の数などによって変わらないよう調整が行われているのが実際です(次にご紹介する赤本の基準額についても,「死亡慰謝料の総額であり,民法711条所定の者とそれに準ずる者の分も含まれている」との注が付されています)。
死亡慰謝料の総額は,亡くなられた被害者が家族の中でどのような地位にあったかによって変わってきます。赤本では,一家の支柱であれば2800万円,母親や配偶者であれば2500万円,その他の方(独身,子ども・幼児等)であれば2000万円から2500万円を基準としています。

2017年12月17日 | カテゴリー : 交通事故 | 投稿者 : 事務局