ⅱ 相続財産の範囲

相続によって被相続人から相続人に引き継がれる財産のことを「相続財産」といいます(「遺産」と言うこともあります)。
相続は,被相続人に属していた一切の権利義務を引き継ぐものなので,土地・建物といった不動産,自動車などの動産,現金,預貯金,有価証券などの“プラスの財産”が相続財産として引き継がれるだけでなく,被相続人の借金,保証債務(保証人としての地位),損害賠償債務といった“マイナスの財産”も相続財産として相続人に引き継がれます。

相続財産に含まれないもの

相続が開始したとき,被相続人の資産,あるいは地位にまつわる権利・義務ではあ るけれども,相続財産に含まれないというものもいくつかあります。

① 受取人が指定されている生命保険金

被相続人がかけていた生命保険で,保険金の受取人が指定されている場合,保険金を請求する権利は,受取人として指定された人の固有の権利となります。
したがって,相続人の一人が受取人に指定されていれば,その保険金を請求する権利は相続人固有の権利であって相続財産ではありません(但し,税法上は,「みなし相続財産」として相続税が課税される場合があります)。
相続財産に含まれないので,受取人に指定された相続人が相続放棄をしても,この生命保険金だけは受け取ることができます。

② 受取人が指定されている死亡退職金

退職金制度がある会社で働いていた人が亡くなると,死亡退職金が支払われることになります。
死亡退職金は,賃金の後払い的な性質もありますが,遺族の生活保障という性質もあることから,相続財産とみるべきか,それとも遺族の固有の財産とみるべきかが問題になります。
会社の退職金規程の中に受取人に関する規定が置かれていれば,生命保険の場合と同様,受取人固有の権利ということになります。
受取人についての規定が存在しないケースでは,相続財産に含まれるものとして処理するほかないものと思われます。

③ お墓,仏壇などの祭祀財産

お墓,仏壇などの祭祀財産は相続財産にはなりません。

民法は,「系譜,祭具及び墳墓の所有権は,…(中略)…祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する」として,祭祀財産は相続財産とはならず,祭祀主宰者が承継すると定めています(897条1項本文)。誰が祭祀主催者となるかについては,遺言などで指定があれば指定された人が,指定がない場合には慣習により,慣習がはっきりせずに決められない場合には家庭裁判所の調停,審判で決めることになります。

④ (親族等に対する)扶養請求権,(国に対する)生活保護受給権など

民法は,相続について「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」ことを原則としつつ「被相続人の一身に専属したものは,この限りでない」と規定しています(896条但書)。
扶養請求権などの権利は,帰属上の一身専属権といって相続財産には含まれません。

⑤ 香典,葬儀費用

香典は,死者への弔意を表すために喪主や遺族になされる贈与と解されていて,相続財産には含まれません。
葬儀費用の負担については,共同相続人の負担となるとする説,相続財産から支出すべしとする説などもありますが,一般的には喪主が負担すべきものであると考えられています。

多くの人から香典を受け取り,葬儀費用等を支払っても香典が残ったという場合,遺族の間で誰がそれをもらうかが争いになることがあります。
相続財産ではないと解されているので,理屈では遺産分割調停,審判の対象にはならないことになるのですが,当事者が了解していることを前提に,葬儀費用を差し引いた香典を対象に含めて遺産分割の調停が行われることが一般的です。

「特別受益」がある場合の相続

特別受益とは?

遺産分割は,一般的には法定相続人の間で法定相続分に応じた割合で遺産を分けることによって相続人間の公平が保たれるようになっています。
しかし,相続人の中に被相続人から生前贈与や遺贈によって特別に利益を得ていた人がいる場合についてまで法定相続分に従った遺産分割しかできないとなると,かえって相続人間で不公平が生じてしまいます。

特別受益の制度は,生前贈与や遺贈をした被相続人の意思を尊重しつつも,生前贈与や遺贈の「持ち戻し」をすることにより,法定相続分に修正を加えて相続人間の実質的な公平を保とうとする仕組みです。

特別受益とされるもの

民法は,「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるとき」が特別受益にあたるとしています(903条1項)。

  • 遺贈
    遺贈とは遺言によって遺産を無償で特定の相続人に譲渡することです。
    死亡と同時に遺産の一部を特定の相続人に渡してしまうものですから,遺贈はすべて特別受益になります。
    また,遺贈と似たものに死因贈与という贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与契約がありますが,受贈者が相続人であるときは,遺贈と同様に特別受益となります。
  • 結婚または養子縁組のための贈与
    持参金,支度金といったものがこれにあたります。ただ,金額が少額で扶養の一部と認められる場合には特別受益にはなりません。
    挙式,披露宴の費用なども,特別受益にはあたらないとされる例が多いようです。
  • 生計の資本として受けた贈与
    子どもが独立をした時に贈与した不動産,あるいは不動産の購入費用などが典型的です。子どもの学費については,高校の学費までは親の子に対する扶養義務履行の範囲内とされのものと特別受益にはあたりません。
    高校卒業後の学費については,一律に生計の資本としての贈与とする考え方もありますが,援助した額や受けさせた教育の内容等も考慮した上で,特別受益にあたるかを判断すべきように思われます。

生命保険金と特別受益

相続人の一人が被相続人にかけられた生命保険金の受取人に指定されていたという場合,「相続財産の範囲」のところで説明しましたが,この保険金請求権は受取人固有の権利であって相続財産ではありません。このため,受取人に指定された相続人が保険金の支払いを受けても特別受益には原則としてはあたらないとされています。
ただし,支払われる保険金の金額や遺産に占める割合が大きいケースでは,共同相続人間の公平を期す意味から特別受益に準じて持ち戻しの対象にすべきとしている審判例もあります。

特別受益の「持戻し」

特別受益がある場合の遺産分割においては,特別受益者と他の相続人との間の公平を図るため,相続開始時の財産に特別受益に該当する生前贈与の財産を加えた財産(「みなし相続財産」といいます)を遺産分割の対象とする処理をします。これを特別受益の持戻しと言います。

特別受益がある場合,相続人が実際に取得する財産(=具体的相続分と言います。)は,次のように計算されます。

1)相続財産に特別受益を加えたものをみなし相続財産とする。

2)みなし相続財産を基礎とし,これに各共同相続人の相続分を乗じて各相続人の一応の相続分を算定する。

3)特別受益を受けた相続人は,一応の相続分から特別受益分を差し引いた残額が具体的相続分となる。特別受益を受けていない相続人は,一応の相続分がそのまま具体的相続分となる

父が遺産として4000万円を残して死亡しました。相続人は母と兄,姉,私の3兄妹です。
父は,生前,兄に事業資金として1000万円を贈与し,姉に対しては結婚資金として500万円を贈与しています。父が亡くなってから遺言書がみつかり,その中では私に500万円を遺贈すると書かれていました。
この場合,3000万円をどのように分けることになるのでしょうか。

4000万円に,兄に対する生前贈与1000万,姉に対する生前贈与500万,あなたに対する遺贈500万を加えた6000万円がみなし相続財産となります。
この6000万円に各人の法定相続分を乗じると,一応の相続分は,お母さまが3000万円,3人の子どもは各々1000万円となります。
3人には兄に1000万円,姉に500万円,あなたに500万円とそれぞれ特別受益があるので,一応の相続分からその額を差し引き,兄はゼロ,姉とあなたとは各500万が具体的相続分となります。
特別受益がなかったお母さまは,一応の相続分3000万がそのまま具体的相続分になることになります。

2017年11月8日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai