ⅲ 法定相続人と法定相続分

人が亡くなると相続が発生します。誰が相続人になるか,相続人の間でどのような割合で遺産分けをするかについては民法に規定があります。その内容についてご説明します。

法定相続人

亡くなられた方(=被相続人)に配偶者がいれば,配偶者は常に相続人となります。ただし,あくまで婚姻届を提出している戸籍上の配偶者に限られ,内縁関係にあったパートナーには相続権はありません。

配偶者以外の人については,次の順位で相続人となるものとされています。

  • 第1順位
    被相続人の子ども

    *その子どもが既に死亡しているときは,その人の直系卑属(子,孫など)が相続人となります(代襲相続 子も孫もいるときは,もともと相続人になるはずだった人により近い世代が優先して代襲相続人となります。代襲相続について詳しいことは下の記述をご参照ください)。

  • 第2順位
    被相続人の直系尊属(父母,祖父母)

    *父母,祖父母ともいるときは,亡くなった方により近い世代,つまり父母が優先します。

  • 第3順位
    被相続人の兄弟姉妹

    *その兄弟姉妹が既に死亡しているときは,その人の子どもが相続人となります(代襲相続)。

第2順位,第3順位の人は,前の順位の人が誰もいない場合に初めて相続人になります。

「代襲相続」について

代襲相続・再代襲相続とは?

被相続人が亡くなるよりも前に相続人が亡くなっていた場合,または,相続人が相続欠格事由に該当したり,相続の廃除によって相続できないという場合に,その相続人の子どもが代わりに相続人となるという制度を代襲相続といいます(民法887条2項)。
この制度により代わりに相続人となる人を代襲相続人といいます。

また,代襲相続人が相続開始時にすでに亡くなっているなどの事情により相続できないとき,代襲相続人の子(被相続人からみると孫)が相続人となることを再代襲相続といいます(民法887条3項)。
孫も亡くなっていれば,さらにひ孫というように順々に下の世代が代襲することになります。
ただし,第3順位の兄弟姉妹が相続人となる場合には,代襲相続までは認められるのですが(甥,姪は相続人になれる。),再代襲相続はできないことになっています(甥・姪の子は相続人になることができない)。

養子の子の代襲相続

養子は,相続に関して実子と同じように扱われます。
したがって,養親が亡くなれば養子は養親の遺産を相続し,養親が亡くなるよりも前に養子が亡くなっていた場合には,養子の子が代襲相続人となります。
ただし,被相続人の直系卑属でない者は代襲相続人となることはできないという規定があり(民法第887条2項但書),養子縁組より前に生まれていた養子の子は,養親との間で法定血族関係を生じないものと解されているため,養子縁組前に出生した養子の子は養親の遺産を代襲相続できません。
もっとも,養子縁組前の養子の子が,養親の実子の子でもあるという場合は,養親の直系卑属ということになるので,このケースで相続開始時に養子が死亡していれば,養子の子が再代襲できるということになるようです(大阪高裁・平成元年8月10日判決)。

代襲原因

代襲相続を生じさせる原因となる事実のことを代襲原因といいます。代襲原因は次の3つとされています(民法887条2項)。

  • 死  亡
    …相続人となるはずだった人が被相続人より先に死亡したこと
  • 相続欠格
    …相続人となるはずだった人に民法891条各号に定める相続欠格事由があって相続できないこと
  • 相続人廃除
    …相続人となるはずだった人が相続廃除の制度によって相続ができないこと

なお,「相続放棄」は,初めから相続人でなかったことになるという制度であるため,代襲原因にはなりません。

「相続放棄」と相続の順位

相続の順位との関係で注意していただきたいのは「相続放棄」です。「相続放棄」をした人は,初めから相続人でなかったものとされるため,次の順位の人に相続の権利が移ってしまう場合があります。

両親と子ども1人の3人家族で父親が亡くなったというケースで考えてみましょう。
このようなケースでは,とりあえず母に父の遺産をすべて相続させようとすることが,相続税の税額控除などとの関係もあって,よく行われると思います。
その際,子どもが相続放棄の手続をとってしまうと,第1順位の法定相続人が誰もいなくなるため,次の順位,つまり,第2順位,あるいは第2順位も誰もいなければ第3順位の人に相続の権利が生じることになってしまうのです。

相続の順位が移って相続権が生じてしまうと,その相続人の協力を得られないと,母に父の遺産のすべてを相続させることができなくなってしまいます。
このケースで父の遺産を母にすべて残すには,母が100,子が0の割合で遺産分割の合意をすることが必要になります。

法定相続分

法定相続分というのは,亡くなった方(=被相続人)が遺言を作って死後の財産処分について指示をしていない場合のため,民法が定めている各相続人の相続割合のことをいいます(民法900条)。
もっとも,法定相続分と異なる割合での遺産分割協議を行うことは自由にできます。
全員が合意すれば,例えば,一人の相続人に全ての遺産を相続させて,ほかの相続人の取得分はゼロとするという遺産分割をすることもできます。
しかし,相続人間で意見が合わなければ,法定相続分に従った遺産分割を行うことになります。

相続のパターンごとの具体的な法定相続分は次のように定められています。

法定相続分(川口幸町法律事務所)

  • 同一順位の相続人(子,直系尊属,兄弟姉妹)が複数人いるときは,各自の相続分は相等しいものとして扱われます。ただし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹(“半血の兄弟姉妹”)の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1となります。
  • 非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とする規定がありましたが(改正前900条4号但書前段部分),平成25年9月の最高裁判決で憲法の平等原則(14条1項)に違反するとの判断が示されたため,平成25年12月の法改正でこの部分が削除されました。
    改正法は平成25年9月5日以後に開始した相続について適用されますが,それ以前に開始した相続に関しても,前記最高裁判決があるため,非嫡出子の相続分は嫡出子と平等に取り扱うことにしないと問題が生じることになります。
2017年11月10日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅹ 遺言の有効性が争われる場合

遺言書が見つかっても,遺言に要求される方式に適合していると言えるかが問題とされたり,自筆証書遺言について本人の筆跡であるかどうかが問題とされたり,遺言書が作成された時点における遺言者の意思能力(遺言能力)が問題とされたりして,その有効性が争われる場合があります。
遺言の有効性は,最終的には,利害関係のある人が遺言無効確認請求訴訟を提起し,裁判で決着が図られることになります。

遺言書の方式適合が争われるケース

他人の添え手を受けて作成された自筆証書遺言

“添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが筆跡のうえで判定できる場合”という非常に限定されたケースについてのみ自筆と認められて有効だが,そうでなければ無効(最高裁S62.10.8判決)

添付された不動産目録がタイプ印字されている自筆証書遺言

“…同遺言書は,右目録と対比することにより,はじめて控訴人に相続させるべき目的物を特定し得るものであることがその記載自体から明らか”であり,タイプ印字された不動産目録は遺言書中の最も重要な部分を構成するので,民法968条1項の全文の自書の要件を充足せずに無効(東京高裁S59.3.22判決)

拇印が押された自筆証書遺言

自筆証書遺言の押印は,“遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨,朱肉等をつけて押捺することをもって足りる”として有効(最高裁H1.2.16判決)

「花押」(署名の代わりに使われる記号・符号で,手書のサインのようなもの)が押された自筆証書遺言

“文書の作成を花押によって完結するという慣行や意識があるとは認めがたい”ので遺言書は無効(最高裁H28.6.3判決)。

遺言書作成時の遺言能力が争われるケース

遺言者が認知症を発症していたことなどを理由に遺言書の有効性が争われるケースがあります。
認知症を発症している方であっても,遺言能力に欠けることはないとされることも多いのですが,民法は遺言能力について明確な定義を定めていないため,その存否をめぐって裁判となるケースも珍しくありません。

裁判所は,精神疾患・障害の内容・程度といった遺言者の精神医学上の精神能力の状態を尊重しつつも,遺言者の年齢,健康状態,遺言時前後の言動,遺言の作成過程,日頃の遺言についての意向,受贈者との関係,遺言の内容の難易,遺言内容の合理性などそれ以外の要素も総合的に考慮して遺言能力の有無を判断しています。

遺言の有効性(あるいは無効)を立証するには,どの程度の資料が必要となるかについては,慎重な検討が必要になります。
弁護士に相談するときにも,予め以上のような事情について事実関係を整理しておいていただくとよいでしょう。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅺ 遺言の執行方法

被相続人が遺言書を残して亡くなった場合,遺言に書かれた内容を実現していくことを遺言の執行といいます。
どのように手続を進めていくことになるのか,流れを説明します。

封印されている遺言書を見つけた場合

封印された遺言書を見つけた場合には,それを開封してはいけません。
民法では,「遺言書を発見し,相続が開始する場合は,裁判所に遺言書を提出し検認の請求をしなくてはならない」と定められています(1004条)。この検認作業を経ないで遺言を執行したり,家庭裁判所以外で遺言書を開封すると5万円以下の過料の制裁を受けることがありますので注意が必要です(1005条)。

遺言書の「検認」

公正証書遺言以外の遺言については,家庭裁判所で「検認」という作業をしてもらう必要があります。

検認は,検認日以降に遺言書が偽造,破棄されないようにするために行われる手続きです。検認日に申立人,相続人が立ち合い,遺言書の状態,具体的には,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付・署名などを確認して,これを調書に記録しておくことになります。

検認は,あくまで遺言書の状態を確認し,それ以降の偽造・変造,破棄を防ぐために行う手続であって,遺言の有効性を判断するための手続ではありません。立会った人の中で遺言者の筆跡ではないから遺言は無効であるといった話が出たとしても,遺言の有効性については,別に訴訟を提起して決着をつけるしかありません。

なお,公正証書遺言については,公証役場に原本が保管されていて,発見した人による偽造・変造,破棄の心配がないため,家庭裁判所での検認手続は不要とされています。

遺言内容の実現(遺言執行)

遺言書で遺言執行者が指定されている場合には,遺言執行者が相続人に代わって遺言内容を実現するための手続を進めていくことになります。

遺言執行者には,相続財産の管理や遺言の執行に必要な一切の行為をする権利及び義務があります(民法1012条1項)。逆に言えば,遺言執行者が就任すると,相続人は相続財産の管理処分権を失うことになります。したがって,遺言執行者がいるにもかかわらず一部の相続人が遺言の内容に反して相続財産を処分しても,管理処分権がないのでその行為は無効となります(民法1013条)。
遺言執行者は,この管理処分権に基づいて,遺産の目的物の引渡,預貯金の解約払戻し,借金の弁済,遺言執行に必要な訴訟行為などを行うことになります。

※ 遺言書で遺言執行者に指定された者は,遺言執行者に必ず就任しなければならないというものではありません。相続人などから遺言執行者になるかどうかを催告されたときに,就任を断れば遺言執行者にならずにすみます。ただし,催告された期間内に回答をしないと,就任を承諾したものとされてしまうので,必ず期間内に応じられない旨を回答する必要があります(民法1008条)。

遺言で遺言執行者が指定されていない場合には,基本的には,相続人が遺言の内容に沿って相続手続きを進めていくことになります。しかし,次のようなケースについては,遺言執行者がいないと手続を進められなくなるため,家庭裁判所に遺言執行者の選任を求めることになります。

① 遺言の内容に推定相続人の廃除,子どもの認知が含まれているとき

自分が死んだときに相続人となる者(推定相続人)が著しい非行を行った場合には,家庭裁判所の審判でその相続人の相続権を奪うことができます。これを相続人の廃除といいます。
相続人の廃除は遺言でもできるのですが,その場合には,遺言執行者が遺言執行として家庭裁判所に廃除の申請をすることとされています(民法893条)。

また,父親が非嫡出子を自分の子と認めることを認知と言い,この認知は遺言ですることもできるのですが,その場合には,遺言執行者が遺言の執行行為として市町村役場への認知届を提出しなければならないとされています(戸籍法64条)。

このため,遺言の内容に推定相続人の廃除子どもの認知が含まれているときは,遺言執行者の選任が必要となり,遺言執行者が遺言で指定されていなければ,利害関係のある人から家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てる必要があります。

② 相続人が遺言執行に非協力的なとき

遺言の内容に第三者に対する遺贈が含まれているときなど,相続人が遺言執行に協力することが期待できない場合があります。
不動産の第三者への遺贈を想定してみると,相続による所有権移転登記は相続人からの単独申請でできるのですが,遺贈による所有権移転登記は,遺贈も贈与の一種であるため受遺者が単独で申請することはできず,受遺者と遺言者の相続人全員による共同申請が必要になります。しかし,第三者名義とする登記手続にわざわざ協力したくないという相続人が一人でもいれば,登記手続を完了させることができません。
この場合にも,利害関係人から遺言執行者の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅸ 遺言の種類と作成方法

遺言の種類と作成方法について説明します。遺言には,「自筆証書遺言」,「公正証書遺言」,「秘密証書遺言」の3種類があります。

自筆証書遺言

自筆証書遺言とは?

自筆証書遺言とは,遺言者自らが自筆によって全文,(作成)日付,氏名を記入し,これに捺印をして作成する遺言書です(民法968条1項)。
法律で厳格な作成要件が定められていて,この要件に反する遺言は無効となってしまいますので注意が必要です。

自筆証書遺言の作成要件
  • 「全文」を自書する
    本文だけではなく,日付や氏名,さらには添付する目録などもすべて自書しなければなりません。
    一部をパソコンやワープロを使って作成すると無効です。代筆,代書もできません。
  • 特定できる「日付」を書く
    「××××年□月〇〇日」と特定して書く必要があります。
    “平成29年10月吉日”というような表記では日付を特定できないため無効になります。
    “〇歳の誕生日”というように日付を特定できる表記であれば有効とされます。
  • 「氏名」を自署する
    戸籍上の氏名であることが普通だと思いますが,それと同一でなくても,遺言者が通常用いている通称,芸名,ペンネームの類いでも,遺言者本人との同一性を確認できる表示であれば有効です。
  • 「押印」する
    実印である必要はなく認印でも構いません。
    また,最高裁は,“指印”であっても遺言者の真意の確認,文書の完成を担保する機能において欠けるところはないとして,指印による押印を有効としています(最判H1.2.16)。
    これに対し,“花押”(かおう。署名の代わりに使われる記号・符号で,手書のサインのようなもの)については,最高裁は,押印の要件を満たさないとしています(最高裁H28.6.3)。
  • 「加筆訂正」の方法
    遺言を間違って書いてしまい,その部分を訂正しようとする場合,遺言者は,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければならないとされています(民法968条2項)。
    この訂正の方法を間違えてしまうと,訂正部分が無効になってしまうので注意が必要です。

公正証書遺言

公正証書遺言とは?

公正証書遺言とは,公証役場で公証人に作成してもらう遺言です。遺言者が,公証人及び証人2名の前で遺言の内容を伝え,それを公正証書にしてもらうという方法です。

作成された公正証書は公証役場にも1通が保管されます。このため,万が一,手元の公正証書遺言を紛失してしまっても,公証役場で再交付してもらうことができます。

公正証書遺言の作成方法

公正証書遺言を作りたい方は,まず,どのような内容の遺言にしたいのか,自分の考えを整理してみましょう。その上で,公証役場に行って希望する遺言内容を公証人に伝え,具体的な条項を作ってもらうことになります。
遺言書の記載内容が固まったら作成日を調整します。作成日には,遺言者本人と証人2名で公証役場に行き,公正証書遺言の内容を確認して,間違いなければ各々が署名・押印をします。
証人を自分で確保することができない場合には,公証役場に手配してもらうという方法もあります。
公正証書遺言を弁護士に委任をして作成する場合には,遺言の内容は,弁護士と打ち合わせをしながら決めていくことになります。

公正証書遺言の作成手数料

遺言の対象にする財産の価額に応じて手数料が決められています。詳しくは日本公証人連合会のホームページでご確認ください。

秘密証書遺言

秘密証書遺言とは?

秘密証書遺言とは,遺言の内容については秘密にしたまま,公証人に遺言の存在についてだけ証明してもらう遺言のことです。公正証書遺言と同じ様に公証役場で公証人・証人の関与のもとに作成するのですが,公証人・証人に対して,すでに封をしている状態の遺言書を提出するので,遺言書の内容については完全に秘密にできるというものです。

秘密証書遺言の作成方法

まず,遺言者が遺言書を作成して署名・押印をします。秘密証書遺言は,自筆証書遺言とは違い,ワープロ等を使って作成しても構いません(ただし,記名ではダメ,署名が必要です)。

次に,その遺言書を封筒に入れ,遺言書に押したのと同じ印を使って封印をします。これを公証人と2人以上の証人に提出し,自分の遺言であることと氏名・住所を申し述べます。
これを受けて,公証人が提出を受けた日付と遺言の申述内容とを封筒に記載した上で,公証人,各証人,遺言作成者本人が封筒にそれぞれ署名・押印をして完成させます(民法970条1項)。

秘密公正証書遺言の作成手数料

公証人の関与が必要となるので手数料が発生します。
遺言内容が秘密であるため,公正証書遺言の場合のように対象となる目的物の価額に応じた手数料ではなく,一律に11,000円とされています。

各遺言の長所と短所

上記の3つの遺言には,それぞれ長所と短所があります。
費用の要否,証人の要否,家庭裁判所における検認作業の要否,紛失・偽造のリスクの有無,形式の不備による効力否定のリスクの有無,手続の煩雑さなどで違いがありますので,どのタイプの遺言書を作成するかの参考にしてみてください。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅷ 遺言はどのような場合に役立つか

相続についての自分の意思を明らかにしておくことにより,残された相続人の間で余計な揉めごとが生じるのを防ぐというのが,遺言を作成する動機のひとつになるでしょう。
特に次のようなケースについては,遺言を積極的に活用すべきです。

法定相続分と異なる遺産配分をしたい

例えば,同居をして自分の介護をしてくれた子どもに法定相続分より多く財産を残したいというケースです。

親を介護したことが被相続人の財産の維持に特別な貢献をしたとして寄与分が認められることはあります。しかし,寄与分のところで説明したように,寄与分が認められるには親子間の扶養義務の範囲を超えた特別な寄与があったといえる場合に限定されますし,他の相続人が寄与分の存在を認めてくれなければ,家庭裁判所に調停,審判を申し立てなければなりません。

このようなことを防ぐため,遺言書のなかで,自分の介護をしてくれた子どもに法定相続分より多めの遺産配分をしておくことができます。

法定相続人以外の人に財産を遺したい

遺言をしていない場合の相続の権利は法定相続人にしか生じません。
法定相続人ではない人,例えば,内縁の配偶者,事業の共同経営者,長年の友人などに遺産を残すためには,遺言書を作成しておく必要があります。

個人事業主が相続人の一人に事業承継をさせたい

事業を個人でしている場合には,事業用資産(不動産,機械設備,預貯金,売掛金など)はあくまでも個人に帰属しているということになるため,個人事業主が亡くなって相続が開始すると,これら事業用財産も相続の対象となってしまい,法定相続分に従って分割しなければならなくなります。後継者にと考えている相続人がいるとしても,その相続人に必要な事業用資産を相続させることができなくなるおそれがあります。
こうしたことがないよう,事業の後継者に事業用財産を相続させる旨を遺言を作成しておくことが役に立ちます。

相続人間の揉めごとをなるべく生じさせたくない

仲の良かった相続人間でも遺産問題がきっかけで、犬猿の仲になることがありますが、相続人間の仲が悪い場合にはなおさらといえるでしょう。
このような場合、遺言書があれば、相続人間の分割協議を経ることなく、指定された相続人が不動産や預金を取得することになりますから、争いが延々と続くようなことはありません。
さらに遺言書で弁護士を遺言執行者に指定しておけば、遺言の内容に事実上反対している相続人がいても、遺言通りの内容を執行することができますから、手続きが円滑に進みます。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅶ 遺言とは?

遺言とは,一般的には,“亡くなった人(=被相続人)が残した言葉”というような意味ですが,法的には,死後の法律関係を定めるための被相続人の最後の意思表示という意味になります。

ただ,民法は,遺言について,普通の意思表示(法律行為)とは異なる配慮をいくつかしています。

  • 満15歳以上であれば単独で遺言することができる(遺言能力 民法第961条,第963条)
  • 代理人による遺言はできない(遺言代理の禁止)
  • 遺言の「撤回の自由」は放棄することができない(民法第1026条)
2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅴ 遺産分割手続の進め方

ここでは遺産分割の手続について説明をします。

遺産分割とは?

親族のどなたかが亡くなって相続が開始し,相続人が複数いる場合,土地・建物などの不動産,車などの動産があった場合,その複数の相続人は各財産を共有していることになります(遺産共有)。
この共有の状態が続いていると,各相続人は共有持分の譲渡しかできないことになりますが,財産によっては持分の譲渡が難しいことがあります。
共有状態にある財産を処分するためには,もちろん,他の共有者の同意が必要になってしまいます。こうした共有状態の不都合,不便さを解消するために,誰にどの遺産を相続させるかを決めるのが遺産分割です。

預金の相続,遺産分割

預貯金は,かつては遺産分割の対象とはならないとされていました。
というのは,「相続財産中に可分債権があるときは,その債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,共有関係に立つものではない」とする最高裁の判決があり(H16.4.20判決など),ここにいう可分債権には預金債権も含まるためです。
こうした判例があっても,金融機関の実務としては,遺産分割協議書や相続人全員が実印を押した相続関係届出書,印鑑登録証明書等の提出を要求し,共同相続人の一人からの請求には応じていなかったのですが,それでも,訴訟を提起しさえすれば,最終的には単独で相続している法定相続分相当の預金について払い戻しを受けることはできていました。

ところが,平成28年12月19日の最高裁判決は,「共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と従来の判例を変更して預貯金も遺産分割の対象となるとしました。

この判例変更の結果,金融機関の実務としては,各相続人からの法定相続分に基づく払戻しについては,今後は今まで以上に柔軟に対応することは困難となり,遺産分割が終了するまで預貯金が凍結されたままになるケースが多くなるものと思われます。

相続税の納付には,遺産のうち預貯金を解約する必要があるというケースも実際には多いと考えられますが,預貯金の解約払戻しについては,他の共同相続人全員の協力が不可欠な状況になっていますので,それが難しそうな場合には,早い時期から遺産の仮分割の仮処分申し立てなど,別の方法も検討しておく必要があります。
このようなケースについては,弁護士のアドバイスを早めに受けることをお勧めします。

遺産分割の進め方

産分割の進め方は,被相続人が遺産分割の方法を指定した遺言書(個々の財産を誰に相続させるかを具体的に決めている)を残している場合と,それ以外の場合(遺言書が存在しないケース,遺言書はあるが相続分の指定しかされていないケース[法定相続分と異なる割合を指定するにとどまり,個々の財産の帰属先は明示していないもの])とで大きく変わってきます。

遺産分割の方法を指定した遺言書がある場合

  • 遺言書の有効性
    基本的には遺言内容にしたがって遺産を分けていくことになりますが,遺言書が有効に作成されたものであることが前提です。
    遺言書が作成された時,被相続人に財産を適切に処分できるだけの判断能力が備わっていたか,遺言書に法律が要求する形式が整ってるかなどを確認する必要があります。
  • 遺留分侵害の有無
    有効な遺言書であるとして,次に問題になるのが法定相続人の遺留分を侵害する内容になっていないかという点です。
    遺留分を侵害する遺贈を含んでいる場合,相続人全員がそれで納得すれば良いのですが,侵害されている相続人が遺留分減殺請求権を行使するということになってしまうと協議が必要となります。
    話し合いによる解決ができなければ,最終的には訴訟で解決をするほかないことは,遺留分のところで説明しました。
  • 遺言内容の実現(遺言執行)
    遺留分についても問題がなければ,あとは遺言の内容をその通り実現していくことになります(「遺言執行」と言います)。
    遺言の内容によっては,純粋な意味での執行は不要なケースもあるのですが,相続登記であるとか,預貯金の解約払戻しなど相続に伴う事務手続は一般の方にとっては負担となることもあります。
    そうした場合には,遺言執行者を置いて,この遺言執行者に相続財産の管理と遺言の執行に必要な行為をしてもらうということが可能です。
  • 遺言と異なる内容の遺産分割
    なお,遺言書がある場合であっても,相続人(受遺者を含む)全員で合意をすれば,遺言書とは異なる内容で遺産を分割することはできるとされています。
    但し,被相続人が,遺言で指定した分割方法以外の分割を禁止する意思を明確にしている場合については,この意思に反して別の遺産分割の合意をすることはできません。
    また,遺言執行者が指定されている場合には,この遺言執行者の同意も必要になります。

遺言書がない場合など

遺言書が作成されていない場合(あるいは遺言書が無効な場合),遺言書はあるが相続分の指定しかされていない場合の遺産分割は,法定相続人全員による協議が必要になります。

  • 相続人の確認,確定
    遺産分割の協議をするためには,まず,誰が相続人になるのかを確認しなければなりません。
    亡くなった方が再婚だった場合など,予期しなかった相続人の存在がわかることがあります。
  • 遺産の内容,範囲の確定
    分割する遺産の内容,範囲も確定しなければなりません。被相続人が単身で暮らしていた場合など,どの銀行に預金があるのか,どのような金融資産を有しているのかわからない場合があります。
    また,生前贈与が特別受益となるか否かが相続人間で争われたり,生前の被相続人の資産管理の中で使途不明金が生じているようなケースでは,まず,そうした前提問題に決着をつけなければ遺産分割の協議に入ることができません。
  • 遺産分割協議
    相続人全員で遺産をどのように分割するか協議をすることになります。
    財産(特に不動産)の評価について意見が分かれる場合,取得を希望する財産が重なる場合,現・預金が少なくて遺産を分けるにはその一部または全部を換価する必要がある場合などには協議が難航することもあります。最終的には相続人全員の合意が必要となりますが,全員が一堂に集まって合意をしなければならない訳ではありません。
    分割案を相続人間に廻して承諾を得ていくという方法でもかまいません。合意が成立すれば,それに従って分割の手続を進めて終了となります。
  • 遺産分割調停,審判
    相続人間の話し合いで合意に至らなかった場合には,家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることになります。
    調停でも調整がつかなければ,審判で分割方法を決めてもらうことになります。

相続人間に感情面での対立がある場合など,遺産分割の話し合いがスムースにできないという時は,弁護士にご相談されることをお勧めします。

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2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅵ 遺留分について

特定の人に自分のすべての財産を相続させたいというとき,遺言書を書いておくということが考えられます。しかし,遺言書によってすべての財産を特定の人に相続させるにはハードルがあります。それが遺留分です。ここでは,遺留分の意義,遺留分を実現する方法などについて説明します。

遺留分とは?

遺留分とは,兄弟姉妹以外の法定相続人について法律で保障されている最低限度の相続分といいます。
被相続人が法定相続人にとって非常に不公平,不平等な遺言や生前贈与をした場合,この遺留分の限度で,遺産の一部を取り戻すことができるという仕組みです。

遺留分権利者は?

遺留分が保障されている法定相続人は,①配偶者,②子ども,③父母・祖父母など直系尊属です。②の子どもには,実子だけでなく養子も含まれますし,子がすでに亡くなっている場合の代襲相続人にも遺留分が認められます。
他方で,被相続人の兄弟姉妹は,第3順位の法定相続人ですが,法律上,遺留分は認められていません(民法1028条)。

遺留分の割合

相続財産に対する遺留分全体の割合は,原則として2分の1です。直系尊属(父母,祖父母)だけが相続人となるというパターンのときだけ,例外として3分の1が遺留分となります。
遺留分権利者が複数いる場合には,この遺留分割合を各相続人の法定相続分で配分します。
例えば,夫が亡くなり,妻(配偶者)と子ども2人の3人が相続人となるという場合は,まず,相続財産に対する遺留分全体の割合は2分の1,各相続人の法定相続分は妻(配偶者)が1/2,子どもが各1/4ですから,遺留分は妻が1/4(1/2×1/2),子どもが各1/8(1/4×1/2)ということになります。

遺留分の算定基礎となる財産

遺留分を計算するには,遺留分の基礎となる財産を確認する作業からスタートします。
遺留分は,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定する」とされています(民法1029条)。
つまり,ア)相続開始時の財産に,イ)生前に贈与した財産を加え,そこから,ウ)債務を差し引いたものが,遺留分を計算する際の基礎となる財産ということになります。

「生前に贈与した財産」の範囲

相続人以外の第三者に贈与した財産と,相続人に生前贈与した財産とに分けてみておく必要があります。

相続人以外の第三者に贈与した財産

相続開始前1年以内に贈与されたものに限って遺留分算定の基礎となる財産に算入します。但し,1年以上前に贈与したものであっても,贈与当事者の双方が遺留分権利者に損害を加える結果となることを知って贈与したものは,基礎となる財産に算入することになります(民法1030条)。

相続人に生前贈与した財産

別の箇所で説明した特別受益にあたらない贈与については,相続人以外の第三者への生前贈与と同様に,原則として1年以内に雑徭したものに限って遺留分算定の基礎となる財産に加えますが,1年以上前の贈与であっても,贈与当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは,遺留分算定の基礎となる財産に加えられることになります。

これに対して,特別受益にあたる贈与については,贈与された財産は原則として遺留分減殺請求の対象となるとする最高裁の判決があります(最高裁平成10年3月24日判決)。
かなり前の贈与であって,当時,遺留分権利者に損害を加えることを知らなかったとしても,遺留分算定の基礎となる財産に加えられることになります。

遺留分減殺請求

遺留分減殺請求とは?

実際に相続によって取得した財産(負債も含む。)が遺留分額よりも少ない場合には,遺留分が侵害されていることになります。
ただ,侵害された遺留分は,何もしなくても戻してもらえるというものではありません。遺留分権利者に与えられている遺留分減殺請求権という権利を行使することによりはじめて遺留分を侵害させる行為の全部または一部の効力を失わせることができ,その結果,侵害行為の効力を失わせた範囲内で財産の返還を求められるようになるのです。

遺留分減殺請求権の行使方法

遺留分減殺請求権を行使するには,遺留分を侵害した相手方に対し,遺留分減殺請求をする旨の意思表示をすることが必要になりますが,その意思表示では,いくらの返還を求めるのか,どの相続財産から返還するよう求めるのかなど,具体的な減殺方法まで明らかにする必要はありません。ただ,減殺請求の意思表示といえるか,相手方がこの意思表示を受けているかが争いになることもあるので,この減殺請求の意思表示は,内容証明郵便で行うのが安心です。

また,遺留分減殺請求権の行使には,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間,または,相続開始の時から10年を経過したときという期限があるので(民法1042条),すみやかにこの権利を行使する必要があります。

遺留分を実際に確保する方法

自分の遺留分が侵害されていることがわかり,侵害行為の相手方に遺留分減殺請求権を行使する旨を通知した後の手続ですが,まず,その相手方と返還交渉をしてみて,交渉での解決が難しいとなれば,家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
調停でも合意に至らなかった場合ですが,遺留分に関する事件は,家庭裁判所の家事審判事項とはされていないため,地方裁判所に訴えを提起して解決を図ることになります。

遺留分減殺の事案は,相続案件の中でも特に当事者間の感情の対立が激しいものになりがちです。
また,遺留分算定の対象財産を確定し,具体的な遺留分侵害額を求めることは簡単な作業ではありません。
遺留分の問題については,早い段階で弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

事業承継円滑化法の特例

小規模の個人事業主の場合には,事業に関係する資産(株式,事業用不動産,事業用の預貯金等)が財産の大半を占めているということがあります。その状態で相続が起きると,遺留分の規定によって,事業の後継者に事業用資産を十分に相続させられなくなる可能性があります。

このため,平成21年5月に制定された「中小企業における経営の円滑化に関する法律」(事業承継円滑化法)においては、遺留分の規定に一定の特例を設けることにより後継者への円滑な事業用資産の相続を支援することとなりました。

詳細の説明は省略しますが,一定規模の中小企業において,後継者が旧代表者からの贈与により取得した当該中小企業の株式の全部または一部について,その価額を遺留分を算定するための価額に算定しない旨を合意し(除外合意),あるいは,遺留分算定基礎に算入すべき価額を合意時における価額とする旨を合意する(固定合意)ことができます。この合意の対象となる株式は,遺留分の対象から除外されて,他の相続人から遺留分侵害請求を受けずにすむことになります。

推定相続人全員の合意を取りつけた後,1ヵ月以内に経済産業大臣に確認申請をしなければならず,さらに,経産大臣の確認を受けてから1ヵ月以内に家庭裁判所の許可も得なければならないなど煩雑な手続を要しますが,この仕組みの活用をお考えであれば,一度,弁護士にご相談ください。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅳ 「寄与分」がある場合の相続

寄与分とは?

寄与分とは,共同相続人の中に被相続人の財産の維持又は増加について特別の貢献をした者がいる場合に,その貢献に応じた寄与分を法定相続分に加えて財産を取得させる制度のことです。

寄与分が認められる要件

寄与分が認められるのは,「被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者」とされていることからわかるように(民法904条の2),『特別の寄与』があった場合に限られます。
特別の寄与といえるには,次の3つの要件を満たすことが必要です。

① 相続人自らの寄与であること

相続人自らではなく,その関係者(たとえば,雇っている者)による経済的援助等は寄与分が認められる寄与にはならない

② 被相続人との身分関係に基づき通常期待される程度を超える特別の貢献であること

夫婦間の協力扶助義務(民法752条)や親族間の扶養義務(民法877条)の範囲内の介護,家事従事は,寄与分が認められる寄与とはならない。

③ 寄与によって被相続人の財産が維持され,または増加したこと

被相続人の事業について精神的な援助,協力をしていたにとどまり,財産上の効果が生じていない場合には,寄与分が認められる寄与にはならない。

寄与分が認められる類型

寄与分が認められる寄与行為にはいくつかの類型があります。

家業従事型

“被相続人の事業に関する労務の提供”により,被相続人の財産の維持・形成に寄与をするというパターンです。
親の家業を無償で手伝っていた,というようなケースになります。農家や商店などが典型ですが,税理士などの専門職でも,寄与行為とされることがあります。

出資型

“被相続人の事業に関する財産上の給付”により,被相続人の相続の財産の維持・形成に寄与するという類型です。親の事業に資金や不動産を提供するというようなケースです。

療養看護型

“被相続人の療養看護”を行うことにより,被相続人に看護費用等の支出を免れさせ,その結果として,被相続人の相続財産の維持に寄与する類型です。
よく主張される寄与行為ですが,被相続人との関係から当然に期待される程度を超える療養看護が要求されます。

扶養型

相続人が被相続人の生活費等を負担することにより,被相続人が生活費等の支出を免れ,その結果として,被相続人の財産の維持に寄与したといえる類型です。

財産管理型

被相続人の財産を管理し,あるいは,資産の維持費(公租公課など)を負担するなどして,被相続人にその費用負担を免れさせ,その結果,被相続人の財産の維持・管理に寄与したという類型です。

寄与分がある場合の計算方法

寄与分がある場合に各相続人の具体的相続分をどのように求めるかですが,まず,相続開始時の遺産の価額から寄与分を差し引いたものをみなし相続財産とします。
これに法定相続分の割合を乗じて具体的相続分を求めます。寄与者については,これに寄与分を加えた額が具体的相続分となります。

Xは遺産として3000万円を残して死亡しました。Xの相続人は配偶者YとA,B,C3人の子どもです。
Aが生前大病を患ったXの療養看護をしたということで,Aについて5分の1の寄与分が審判で認められました。
この場合,遺産の3000万円はどのように分けられるのでしょうか。

3000万円からその5分の1に相当する600万円を差し引いた2400万円がみなし相続財産となります。
これに各人の法定相続分を乗じるとYが1200万,A,B,Cが各400万円となります。
寄与分がないY,B,Cはこれが具体的相続分となり,寄与者であるAは400万に寄与分の600万を加えた1000万が具体的相続分となります。

2017年11月9日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai

ⅱ 相続財産の範囲

相続によって被相続人から相続人に引き継がれる財産のことを「相続財産」といいます(「遺産」と言うこともあります)。
相続は,被相続人に属していた一切の権利義務を引き継ぐものなので,土地・建物といった不動産,自動車などの動産,現金,預貯金,有価証券などの“プラスの財産”が相続財産として引き継がれるだけでなく,被相続人の借金,保証債務(保証人としての地位),損害賠償債務といった“マイナスの財産”も相続財産として相続人に引き継がれます。

相続財産に含まれないもの

相続が開始したとき,被相続人の資産,あるいは地位にまつわる権利・義務ではあ るけれども,相続財産に含まれないというものもいくつかあります。

① 受取人が指定されている生命保険金

被相続人がかけていた生命保険で,保険金の受取人が指定されている場合,保険金を請求する権利は,受取人として指定された人の固有の権利となります。
したがって,相続人の一人が受取人に指定されていれば,その保険金を請求する権利は相続人固有の権利であって相続財産ではありません(但し,税法上は,「みなし相続財産」として相続税が課税される場合があります)。
相続財産に含まれないので,受取人に指定された相続人が相続放棄をしても,この生命保険金だけは受け取ることができます。

② 受取人が指定されている死亡退職金

退職金制度がある会社で働いていた人が亡くなると,死亡退職金が支払われることになります。
死亡退職金は,賃金の後払い的な性質もありますが,遺族の生活保障という性質もあることから,相続財産とみるべきか,それとも遺族の固有の財産とみるべきかが問題になります。
会社の退職金規程の中に受取人に関する規定が置かれていれば,生命保険の場合と同様,受取人固有の権利ということになります。
受取人についての規定が存在しないケースでは,相続財産に含まれるものとして処理するほかないものと思われます。

③ お墓,仏壇などの祭祀財産

お墓,仏壇などの祭祀財産は相続財産にはなりません。

民法は,「系譜,祭具及び墳墓の所有権は,…(中略)…祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する」として,祭祀財産は相続財産とはならず,祭祀主宰者が承継すると定めています(897条1項本文)。誰が祭祀主催者となるかについては,遺言などで指定があれば指定された人が,指定がない場合には慣習により,慣習がはっきりせずに決められない場合には家庭裁判所の調停,審判で決めることになります。

④ (親族等に対する)扶養請求権,(国に対する)生活保護受給権など

民法は,相続について「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」ことを原則としつつ「被相続人の一身に専属したものは,この限りでない」と規定しています(896条但書)。
扶養請求権などの権利は,帰属上の一身専属権といって相続財産には含まれません。

⑤ 香典,葬儀費用

香典は,死者への弔意を表すために喪主や遺族になされる贈与と解されていて,相続財産には含まれません。
葬儀費用の負担については,共同相続人の負担となるとする説,相続財産から支出すべしとする説などもありますが,一般的には喪主が負担すべきものであると考えられています。

多くの人から香典を受け取り,葬儀費用等を支払っても香典が残ったという場合,遺族の間で誰がそれをもらうかが争いになることがあります。
相続財産ではないと解されているので,理屈では遺産分割調停,審判の対象にはならないことになるのですが,当事者が了解していることを前提に,葬儀費用を差し引いた香典を対象に含めて遺産分割の調停が行われることが一般的です。

「特別受益」がある場合の相続

特別受益とは?

遺産分割は,一般的には法定相続人の間で法定相続分に応じた割合で遺産を分けることによって相続人間の公平が保たれるようになっています。
しかし,相続人の中に被相続人から生前贈与や遺贈によって特別に利益を得ていた人がいる場合についてまで法定相続分に従った遺産分割しかできないとなると,かえって相続人間で不公平が生じてしまいます。

特別受益の制度は,生前贈与や遺贈をした被相続人の意思を尊重しつつも,生前贈与や遺贈の「持ち戻し」をすることにより,法定相続分に修正を加えて相続人間の実質的な公平を保とうとする仕組みです。

特別受益とされるもの

民法は,「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるとき」が特別受益にあたるとしています(903条1項)。

  • 遺贈
    遺贈とは遺言によって遺産を無償で特定の相続人に譲渡することです。
    死亡と同時に遺産の一部を特定の相続人に渡してしまうものですから,遺贈はすべて特別受益になります。
    また,遺贈と似たものに死因贈与という贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与契約がありますが,受贈者が相続人であるときは,遺贈と同様に特別受益となります。
  • 結婚または養子縁組のための贈与
    持参金,支度金といったものがこれにあたります。ただ,金額が少額で扶養の一部と認められる場合には特別受益にはなりません。
    挙式,披露宴の費用なども,特別受益にはあたらないとされる例が多いようです。
  • 生計の資本として受けた贈与
    子どもが独立をした時に贈与した不動産,あるいは不動産の購入費用などが典型的です。子どもの学費については,高校の学費までは親の子に対する扶養義務履行の範囲内とされのものと特別受益にはあたりません。
    高校卒業後の学費については,一律に生計の資本としての贈与とする考え方もありますが,援助した額や受けさせた教育の内容等も考慮した上で,特別受益にあたるかを判断すべきように思われます。

生命保険金と特別受益

相続人の一人が被相続人にかけられた生命保険金の受取人に指定されていたという場合,「相続財産の範囲」のところで説明しましたが,この保険金請求権は受取人固有の権利であって相続財産ではありません。このため,受取人に指定された相続人が保険金の支払いを受けても特別受益には原則としてはあたらないとされています。
ただし,支払われる保険金の金額や遺産に占める割合が大きいケースでは,共同相続人間の公平を期す意味から特別受益に準じて持ち戻しの対象にすべきとしている審判例もあります。

特別受益の「持戻し」

特別受益がある場合の遺産分割においては,特別受益者と他の相続人との間の公平を図るため,相続開始時の財産に特別受益に該当する生前贈与の財産を加えた財産(「みなし相続財産」といいます)を遺産分割の対象とする処理をします。これを特別受益の持戻しと言います。

特別受益がある場合,相続人が実際に取得する財産(=具体的相続分と言います。)は,次のように計算されます。

1)相続財産に特別受益を加えたものをみなし相続財産とする。

2)みなし相続財産を基礎とし,これに各共同相続人の相続分を乗じて各相続人の一応の相続分を算定する。

3)特別受益を受けた相続人は,一応の相続分から特別受益分を差し引いた残額が具体的相続分となる。特別受益を受けていない相続人は,一応の相続分がそのまま具体的相続分となる

父が遺産として4000万円を残して死亡しました。相続人は母と兄,姉,私の3兄妹です。
父は,生前,兄に事業資金として1000万円を贈与し,姉に対しては結婚資金として500万円を贈与しています。父が亡くなってから遺言書がみつかり,その中では私に500万円を遺贈すると書かれていました。
この場合,3000万円をどのように分けることになるのでしょうか。

4000万円に,兄に対する生前贈与1000万,姉に対する生前贈与500万,あなたに対する遺贈500万を加えた6000万円がみなし相続財産となります。
この6000万円に各人の法定相続分を乗じると,一応の相続分は,お母さまが3000万円,3人の子どもは各々1000万円となります。
3人には兄に1000万円,姉に500万円,あなたに500万円とそれぞれ特別受益があるので,一応の相続分からその額を差し引き,兄はゼロ,姉とあなたとは各500万が具体的相続分となります。
特別受益がなかったお母さまは,一応の相続分3000万がそのまま具体的相続分になることになります。

2017年11月8日 | カテゴリー : 相続、遺言 | 投稿者 : kawaguchi-saiwai