〔lawyer’ blog〕✍ 師走となりました

早いもので今年も残すところ3週間余りとなりました。事務所を開設したのが2017年1月ですから,まもなく丸2年ということになります。ずっと走り続けて何とかここまで来た感じがします。

10月以降,担当している案件で証拠調べの手続が相次ぎました。尋問を成功させるには,事案の内容,お互いの主張,法律上の争点などを頭の中にきちんと整理して入れておくことが最低限必要になります。証人が予想外の証言をし始めたりすることもあるので臨機応変の対応も求められます。弁護士にとってはかなり負担になる作業です。

土曜日の昨日,この少々疲れた頭と体をリフレッシュさせようと,サンドウィッチと紅茶を入れた水筒を持って散策に出かけてきました。こちらの風景,まるでカナダか北海道といった感じですが,実は都内葛飾区にある水元公園です。JR金町駅から徒歩10数分。スカイツリーもすぐ近くに見えるようなところにこれだけの公園があるとは最近まで知りませんでした。ポプラ並木の黄色の葉はもう散ってしまっていましたが,名物のメタセコイアの赤はまだ十分に楽しめました。今年は記録的な暖冬なので,もしかすると年末まで大丈夫かも。おすすめです。

さぁ,気分を新たにしたところで,年末までもうひと頑張りしようと思います!

 

〔lawyer’ blog〕✍ 江戸一(えどいち)

小春日和の平日,交渉案件の打ち合わせをするため,依頼者のご自宅を訪問しました。東京と埼玉とが入り組んでいる地域で,車で移動していくと地名がどんどん変わっていきます。住宅が密集しているのですが,その中を小川が流れ,水車もあったりして,ちょっと不思議な場所でした。

依頼者のお宅の庭には柿の木が数本植わっていました。どの木の枝にも柿がたわわに実っているのですが,その形は木ごとにちょっと違っています。依頼者の叔母にあたる方がお好きだったそうで,すべて違う種類の柿の木が4本植えられていました。平たい次郎柿は私も知っていたのですが,縦に少し細長い実の方はわかりません。『江戸一』(えどいち)という百匁柿の枝変りの柿なのだそうです。細長い柿は渋柿という先入観があり,「甘いのですか。」と思わず口にしてしまったところ,「ええ,甘いですよ。持って行ってください。」と枝からたくさんの江戸一を捥いでくれ,袋に詰めて渡されてしまいました。その日は午後から東京地裁で証拠調べ(証人尋問)の期日が入っていて,大量の柿の実を法廷に持ち込むというわけにもいかず,いったん日比谷駅のコインロッカーに預けることに。スーツ姿で大量の柿の実をコインロッカーに押し込もうとする姿は少し怪しかったかも(笑)。

無事に証拠調べを終え。ロッカーから取り出した江戸一を家にしっかり持ち帰って,早速,食べてみました。富有柿などと比べると水分が少なくて,ちょっとモサっとした食感はするのですが,素朴で十分な甘さがありました。ごちそうさまでした。

〔lawyer’ blog〕✍ 珈琲が美味しい季節

ここのところ,朝夕はかなり冷え込むようになりました。陽射しがある日中は半袖でも大丈夫なくらいまで気温が上がるものですから,どうしても体調管理が難しくなります。“病は気から”と言いますが,私はまさにそのタイプ。風邪がはやってますよと聞いただけで,何となく寒気がしてきたように感じてしまう…(笑) 先週はずっと鼻風邪気味で往生しました。

羽織るものが欲しくなってくるこの季節になると温かいコーヒーが飲みたくなります。コーヒー好きという訳ではないのですが,それでも,この季節になると1日に2杯は飲むでしょうか。大宮の交通事故紛争処理センターで仕事がある時には,素敵なご夫婦がやられているこちらの喫茶店に立ち寄るようにしています。自家焙煎した豆で淹れたコーヒーの香りが素晴らしく,また,味のほうも流行りのサードウェーブ系のお店とはちょっと違ってしっかり目。とても気に入っています。

もう一軒,最近,事務所から川口簡易裁判所の方に少し寄った住宅街の中に焙煎工場を見つけました。外観は何かの事務所みたいなのですが,中に入ってみると数十種類の豆が売られていてびっくりしました。こちらのお店,70年近く前に麻布で創業し,昭和47年に川口に移ってきたのだそうです。ドリップバック入りのコーヒーもかなり種類がありますし,1杯用のドリップバックも売っているので,飲んだことのない豆を少量挽いてもらって持ち帰るのもなかなか楽しいです。

〔lawyer’ blog〕✍ 海馬の活性化

もともと人の顔や名前を覚えるのは得意ではないのですが,最近,とみに名前が出てこなくてアタフタすることが増えたような気がします。先日も東京家庭裁判所の食堂でランチを食べていた時,10数年前,当時所属していた事務所で司法修習をしていたW弁護士と出くわしたのですが,“✕✕先生の指導を受けていた司法修習生”ということまでは思い出せても,名前がなかなか浮かんできません。名前を思い出そうと頭の中をフル回転させながら,当たり障りのない話で繋いでいたところ,様子を察知したのか彼の方から「Wですよ。」と名乗られてしまいました。

テレビを見ていても,俳優,タレントの名前がなかなか出てきません。顔を見てすぐに出てこないともうダメです。“あのドラマで「〇〇役」で出演していたなぁ”とか,“何年か前に✕✕と一緒にいるところを週刊誌にスクープされたよな”などというエピソードは浮かんでくるのですが,そこから名前に繋げることができないのです。某消費者金融業者のCMに出ているちょっと珍しい苗字の女優のNさんなどは,CMを見た後で必死になってようやく名前を思い出したのに,その翌日,同じCMを見ていてまた出てこなくなり,“昨日,どうやって思い出したんだっけ”となる有り様。

妻は“海馬を活性化しないとね!”と面白がり,テレビでCMが流れると「はい,この俳優は誰?」「その隣の女優は?」と畳みかけてきます。何人もタレントが登場するCMだともう悶絶寸前。ますます民放が嫌いになりそうです。

〔lawyer’ blog〕✍ スマートスピーカー 

先週末,スマートスピーカーが届きました。サイクリスト事務員君と二人,狭い事務所にこもりきりになって仕事をしていると,どんどん空気が澱んでいくような気がするので(笑),少し雰囲気を変えてみようと買い求めました。ところがセッティングがなかなかうまく行きません。“Alexa,あしたの天気は?”“Alexa,今,何時?”と声をかけてみても,ビー,ボ-という機械音が鳴るだけ。期待していた答えは返ってきません。ということで,今のところ,「PC・携帯とただつながっているだけのスピーカー」になってしまっていて,AI体験はお預けとなっています。

そんな状態のスマートスピーカーですが,音質の方はなかなかのもの。特に低音がよく鳴ってくれます。楽曲を入れた外部機器をこのスマートスピーカーにつないで音を出すということもできるのですが,せっかくwifiでネットにつないだので,こちらも初めての体験,音楽配信サービスを利用してみることにしました。いや,凄いですね。無料でもかなりの楽曲数が配信されていますし,プレイリストもとても充実している。おまけに,楽曲の検索が非常にスピーディーにできるので,どんどんダウンロードして自分の好みのプレイリストもごく短時間で作れてしまいます(どんどん課金もされますが…)。

あれこれと懐かしい曲を検索しているうちに見つけたのが,「Venceremos(We Will Win)」というワーキング・ウィークの曲。この曲にはいくつかのヴァージョンがあるのですが,ロバート・ワイアット,クラウディア・フィゲロア,そして,Everything But the Girlのトレーシー・ソーンが参加しているJazz Dance Special Versionが検索してヒットしたので,早速,ダウンロードして聴いてみました。80年代半ば,イギリスのクラブシーンから生まれたアシッド・ジャズの最初の楽曲とも言われるこの曲。トレーシーのヴォーカルが本当に心地よい…。

昨日は9.11。17年前,ニューヨークであの忌まわしい同時多発テロが起きた日ですが,南米では,今でも1973年9月11日,チリで起きた軍事クーデター,アジェンデ政権が倒れた日をいうのだそうです。このクーデターの最中,一人のフォルクローレの歌手,ヴィクトル・ハラが虐殺されました。人民連合のキャンペーン・ソング「Venceremos」の作曲者です。自分と同じように軍に連行された活動家・市民を励まそうとこの曲を歌い,ギターを取り上げられても歌い続けたため,リンチのうえ射殺されたという彼の最期については,脚色された部分もあるようですが,彼の名前は多くの人の記憶に今も残り,「Venceremos」も歌い継がれています。そう,お気づきのようにワーキング・ウィークの「Venceremos(We Will Win)」は,実は,このハラに捧げられた曲でもあるのです。

〔lawyer’ blog〕✍ 「ゲッペルスと私」と白バラ

の夏休み,“積ん読”になってしまっていた何冊かの本を手にしました。その中の1冊がこの「ゲッペルスと私」。ナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッペルスの秘書だったブルンヒルデ・ポムゼルが,ドイツの敗戦から69年後,103歳の時に受けたインタビューをまとめたものです。このインタビューの映像にアーカイヴ映像をインサートして作られた同名の映画も公開されていて,本当は映画を見てから読もうと思っていたのですが,岩波ホールでの映画の上映は8月3日で終わってしまい,しばらく近場での上映予定もないようなので,先に本を読むことにしました。

政治には無関心だったポムゼルが宣伝省で働くことにしたのは,仕事のため,他人より少しでも多くの収入を得るため。彼女にはナチス政権に加担したことについての罪の意識はありません。「私には,何も罪はない。かけらも罪はない。だって,なんの罪があるというの? いいえ,私は自分に罪があるとは思わないわ。あの政権の実現に加担したという意味で,すべてのドイツ国民に咎があるというのなら話は別よ。そういう意味では,私も含めみなに罪があった」。本の帯には,彼女のこの発言は「ハンナ・アーレントのいう“悪の凡庸さ”を想起させる」とあります。確かにその通りとは思うのですが,それではあの時代に自分が生きたとして何ができたのか,ポムゼルとどれだけ違う生き方ができたのか…。「ナチスに対抗して当時何かできることがあったのではないかと,現代の人が考えるのは当然かもしれない。でも,それは不可能だった。命がけでなければ,そんなことはできなかった。最悪の結果を覚悟していなければならなかった。」と弁解し,白バラの中心メンバーだったショル兄妹らについて「何もしなければよかったのに」,「黙っていれば死なずに済んだのに」と語るポムゼルを正面から批判する気には私はとてもなれません。

ポムゼルのインタビューを読んで,久しぶりに白バラ抵抗運動に考えをめぐらせました。2005年公開の「白バラの祈り ~ゾフィー・ショル最期の日々~」を見た時,ゲシュタポに捕まったゾフィーらが,捜査官による取り調べにも,人民法廷でのフライスラーからの尋問にも毅然と応じる姿に胸が熱くなったのですが,一方で,ポムゼルが漏らしたのと同じ言葉が頭に浮かんだっけ…。善く生きるということはどういうことなのか,「ゲッペルスと私」を読んで改めて考えさせられました。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 軽井沢「南ヶ丘美術館」

ここ数日,クーラーをつけたままにしなくても眠ることができるようになりました。というより,薄い布団をかけていないと風邪をひいてしまいそうなくらいです。6月から続いていた酷暑,酷夏も,どうやら終わりが見えてきたよう。梅雨を飛び越して始まったこの暑さ,何時まで続くのだろうと思っていたのですが,何事にもちゃんと終わりは来るものなのですね。

終わりといえば,事務所の夏休みも今日でお仕舞いです。まだ利用したことのない北海道新幹線に乗って函館へ,はたまた世界文化遺産に指定された長崎・天草へなどと考えたこともあったのですが,懐の具合もあって,最終的には近場の軽井沢に落ち着きました。旧軽銀座をぷらぷらし,ハルニレテラスでお蕎麦を食べ,ジョン・レノンがお気に入りだったという“離山房”でコーヒーを飲むという,まったく新味のない過ごし方をしてきたのですが,一か所だけ初めて訪ねた場所がありました。「南ヶ丘美術館」です。東山魁夷やワイエス,ビュッフェなどの絵画が展示された美術館ではあるのですが,見応えがあったのは,絵ではなく,「三五荘」という建物。江戸末期,塩山に建てられた豪農の古民家を,日立造船の社長などを務めた大阪の実業家・原田六郎が,1935年に軽井沢の地に移築して別荘としたものです。戦後,GHQの接収を経て,東急の五島慶太氏の手に渡り,長く東急グループ幹部が利用する施設になっていたよう。1984年に隣接地に研修施設等を有していた学校法人中央工学院が買い取り,1991年から一般にも公開されるようになったのだそうです。

三五荘の前に広がる日本庭園のその先には,白洲次郎が理事長を務めたことで知られる超名門ゴルフ・コース,「軽井沢ゴルフ倶楽部」の(たぶん)7番ショート・ホールが見えます。このコースの会員でもあった原田氏は,三五荘を私的なクラブハウスのように使おうとしていたのだとか。なんとも優雅な話です。

軽井沢でゆったりとした時間を過ごし,帰りは伊香保方面に足を延ばして水沢うどんでお腹を満たし,すっかりリフレッシュできました。明日からの仕事,フルスロットルでいけそうです。

 

〔lawyer’ blog〕✍ 記憶に残る7月

連日の猛暑,酷暑で体の中に確実にダメージが蓄積していっているような気がします。西日本の豪雨災害もそうですが,少し前までではちょっと考えられないような異常な気象現象が続いた7月でした。

このたぶんずっと記憶に残るであろう7月にあった出来事の中で一番心がざわついたのは,オウム事件関連の死刑囚13名に対する刑の執行のニュースでした。今年の3月,東京拘置所に収容されていたオウム関連の死刑囚のうち7名の身柄が,大阪・名古屋などの拘置所に移されたという報道があり,刑の執行の時期が迫っていることは予想はしていました。それでも,こんなに早く,しかも6日の麻原彰晃ら7名に続いて,26日に残りの6名についても立て続けに刑が執行されるということは想像していませんでした。一部の報道にあるように,「平成」が終わる前に,東京オリンピックが近くなる前に,区切りをつけてしまいたい,そんな思惑が政府に本当にあったのか…。死刑の存置についての意見は様々かと思いますが(私は反対です。),今回の執行については違和感を感じた方も少なくなかったのではないかと思います。

死刑が執行された13名の多くが50歳代。ちょうど私と同世代です。H元死刑囚は高校の一年後輩。面識はまったくありませんが,彼を知る同級生から,非常に真面目で優秀な奴だったと聞いたことがあります。比較的裕福な家庭で育った学生が多いなかで,アルバイトで学費を稼ぐ苦学生だったようです。大学・大学院での指導担当教授に「博士課程に進んでいたらノーベル賞級の学者になった」とコメントさせるような優秀な人物が,あのようなテロ行為に加担してしまったのはなぜなのか。宗教的教義を使ったマインド・コントロールの脅威は,オウム以降,アルカイダやイスラム国らによるテロにも共通するところがあるように思います。

今日,オウム関連事件の刑事裁判記録を法務大臣が永久保存する指定をしたという報道がありました。しかし,オウム事件については,その捜査過程や裁判手続自体にも色々と問題がありました。記録保存は当然のことですが,刑の執行の前に,できたこと,しておくべきことはほかにも色々あったように思えてなりません。

 

〔lawyer’ blog〕✍ サラメシ・その4 仙台「牛たん定食」と七夕

年から原発事故で故郷を追われ避難している方たちの集団訴訟の弁護団に加わっています。弁護団の中心を仙台の先生たちが担ってくださっているため,弁護団会議は仙台の中心部,晩翠通りから東に少し入ったところにある法律事務所で行うことになっています。この事務所に通うようになって気になっていたのが,すぐ近くにある牛たんのお店。店構えからすると,だいぶ前からある老舗のよう。会議は午後1時からなので,その前にこの店でお昼ご飯を食べようといつも考えるのですが,仕事が詰まってくると,どうしても仙台に行く前に一仕事ということになってしまい,昼食は新幹線の中で済ませてばかりでした。

今回は何とか午前の仕事を入れずにすみそう。ということで,仙台に通うようになってほぼ1年,今月初め,ついに念願の牛たん定食にありつきました。びっくりしたのが麦の入ったご飯の量。こんな山盛り食べられるかと一瞬思ったのですが,お肉はもちろん,テールスープ,付け合わせのキャベツの漬物もとても美味しくて,あっさりと完食してしまいました。

この日,午前中に仕事を入れなかったので,仙台に着いたのが午前11時過ぎ。牛たん屋さんに向かう前に,駅から延びる商店街の七夕の飾りつけを眺めていこうと目論んでいたのですが,仙台の七夕は,中暦,8月6日からだったのですね。当然,商店街には何の飾りつけもなく,お店まで1km近くの道のりをとぼとぼ歩きました(完食できたのは,このためかも)。ということで,七夕はこちら。地元,川口の商店街の七夕祭りです。仙台の七夕祭りと比べてはいけないのかもしれませんが,それなりの賑わいでした! 

〔lawyer’ blog〕✍ 『半分,青い。』と早稲田界わい

梅雨が明けたのと同時に今年も半分が終わろうとしています。そして,NHKの朝ドラ『半分,青い。』も折り返し地点に。『あまちゃん』,『ひよっこ』の時ほどハマってはいないのですが,時代設定が私の学生時代から社会人になって働きだした頃に重なっていたり,律(りつ)が通う“西北大学”が母校早稲田界わいを連想させてくれたりということもあって,何となくここまで見続けています。喫茶「おもかげ」は神田川にかかる“面影橋”の傍にあるんでしょうね,きっと。

このドラマの放送が始まる前,予告編が流れ出した時に驚いたのは,漫画家を目指す主人公鈴愛(すずめ)の師匠となる秋月羽織の描く絵にくらもちふさこの実際の漫画が使われていたこと。以前,恩田陸の『蜜蜂と遠雷』のことをこのブログで書いた時,恩田さんはくらもちふさこの『いつもポケットにショパン』からインスピレーションを得たのではないかと思ったと書きましたが(実際は違ったようです。),『半分,青い。』の脚本を書いている北川悦吏子さんも恩田さんや私とほぼ同世代。『蜜蜂と遠雷』を読んだ北川さんが『いつもポケットにショパン』を思い出して今回のドラマのストーリーに組み込んだなんてことももしかするとあるのかも知れません。

ところで,以前のブログで恩田陸さんとは間接的なつながりがあると書きました。彼女の自伝的な小説『ブラザー・サン シスター・ムーン』の第2部「青い花」で主人公の衛(まもる)が入部するジャズ研の先輩,ゲロウマなテナー・サックス奏者“早瀬”のモデルになっている人物が,高校・大学を通じての同級生Y君なのです。恩田さんが直木賞を受賞した後に手にした『ブラザー・サン シスター・ムーン』の文庫本に「恩田陸,大学の先輩と語る」と題したY君との特別対談が収録されていてビックリしました。直木賞作家が書いた小説のモデルになった人物のことを当時身近にいて知っているというのはちょっと不思議な感覚です。

大学1,2年の時にはY君らと連れ立って高田馬場のジャズ喫茶MILESTONEに本当に良く行きました。ジャズ喫茶というと私語NGなんていう店もあったのですが,ここは自由な雰囲気でとても居心地がよかった。恩田さんもハイ・ソサエティ・オーケストラでサックスを吹いていたようなので,この店で一緒になったこともあったかも。MILESTONEは10年くらい前に(ずいぶんとシャレオツに)リニューアルしましたが今も健在。早稲田界わい,時間ができたらまたふらっと訪ねてみようと思います。